「『好き』ってどういうことなんだろう」
やっと開いた口から出たのは、小さな、でも、多分想像もつかないような、疑問符。
ジョシュアは半ば自分に問うているようだった。
ミロードはそれを黙って聞く。
「仲間とか……友達とかで『好き』っていうのは分かるんだ。
相手が存在していることが『大事』だって思うから、
その人には幸せになってほしいし、悪い思いに陥ってほしくないって思うんだと思う。
それは僕も傭兵のみんなに対してそう思ってるから、分かるんだ。
だけど」
そこで一端言葉を切って、彼はガラス窓越しに外を見た。
その通りをまっすぐ見つめる先には、人が大勢集まっているのが見える。
多分、それがきっとさっき言っていた結婚式が行われているところなのだろう。
それをじっと見つめて、また今度は通りに目を向ける。
祝い事でなくても、店が集まる街には、自然と人の往来は多い。
何を見ているか、定かではなかったけれど、彼はそれを見つめたまま言葉を続ける。
「だけど、結婚するときの『好き』ってなんだろう。
いや……もっと言うと『家族』の『好き』ってなんだろう。
頭では分かるんだ。相手を相手として、悪いところも、良いところも容認した上で、
ずっと一緒にいたいって思うことだって」
そう聞いて彼が見ているものはなんなのか、その視線の先が分かった。
小さい子供と、その片手ずつを繋いで仲良く歩いている親子の姿だ。
「ありのままでいて、それで相手も自分も苦痛に思わない。
それが家族なんだろうなって思う。
だけど、それが僕は『分からない』」
言い終わって、彼は窓から視線を外し、こちらを見る。
真摯な、眼で。
「頭では分かる。だけど、感覚として『分からない』んだ。
僕はそれがどういうものか、体験したことがないから。
傭兵の仲間たちを思う気持ちなら『分かる』けど、
でも、それは違うよね。だって、それぞれが一線をひいてる。
ここは触れてもいい、だけど、これ以上はダメだって風に。
それはみんな以上に僕もそうだ。だから……だからかな、
分からないんだ。その一線がない関係っていうのが。
それが僕の『好き』っていう気持ちの感覚全てだから」
一気に話したあと、ジョシュアは目の前にあったカップの中身飲み干した。
カップを置いた後のカタンという音は予想以上に軽かった。
「……分かりづらくてごめん。
だけど、僕も全て分かって話してるわけじゃないから、
こんな答えにしかならないんだ」
心底、申し訳なさそうな顔をして、彼は眼を伏せた。
プライベートで話すことがけして得意ではない彼も、精一杯言葉を尽くしたのだろう。
「がんばって、話してくれたのね」
額に汗が滲みでているほどの真摯な答えに、ただただ、頭を下げたくなる思いになった。
その言葉が聞き取れなかったのか、え?と問い返すジョシュアに、ミロードは徐に口を開いた。
「要するに、貴方は……
『好き』、ということが分からないから、多分これからもずっと
結婚もしないし、家族もつくらない、
いえ、……つくれないんじゃないか、そう思ってるってことなのよね?」
ゆっくりとそういうと、彼は小さく頷いた。
こんなに真剣に考えているなんて、思ってなかったということは、
長い付き合いでも知らないことは多いんだ、と改めて見せ付けられたようだった。
「正直、貴方がそこまで……そこまで深く考えているなんて全然思いもよらなかったわ。
その答えはとても大きくて……私には答えられそうもないけれど、
……でも、一つだけ聞いてもいいかしら?
貴方は、過去はどうだったかしら?」
「……過去?」
「ええ。貴方の過去。
私は過去の貴方は知らないし、知る必要もないから、聞くことはしないけれど、
なんとなく、良かったものでないことは知っているわ。
それを前提であなたに聞くのよ。貴方は過去、人を『好き』になるって思っていた?」
「……僕は……」
逆に質問が来るとは思ってなかったのだろう。
予想だにしない言葉に、ジョシュアはただただ逡巡していたようだが、
やがてぽつりと、いった。
「過去の僕は……ただ、ただ生きることに必死で……
好きになるとか、そういうことには全然……考えが及んでなかった……と思う」
「じゃあ、傭兵のみんな……私達を『好き』になったのはなぜ?
誰かにそうしろって教えられたのかしら?」
彼はゆっくりと首を振る。
「違う……ただ、気づいたら……大事だなって思ってて、
そのことが、よく使われてる、『好き』って言葉なのかな……って……」
ミロードの言葉に、最初、ジョシュアはまるで意図を解せないでいるようだったが、
しばらくして、呆けた表情に光が宿り始めるのをみる。
ミロードはその様子に微笑した。
「ねえ、そういうものなのよ」