「僕、なんか悪いこと言ったかな」
ティティスがブーケ配布の最後尾に並んだのを遠めで確認してしばらくして、
ハヅキがおそるおそる、口を開いた。
言外に、やっちゃったなーどうしようーという焦りが目に見えるほど滲み出ていたので、
苦笑しつつセイニーは応える。
「大丈夫。悪いことは言ってないからさ」
先ほどのやりとりで、ティティスの表情が無くなったのは、ハヅキのせいではない。
もっと根本的なところにある、とセイニーは思っている。
ハヅキの言葉は、スイッチになったにすぎない。
それをどうこう言っても、どうしようもないことだ。
「多分、気づいたんじゃないかな。もっと深い問題に。
……いや、気づいたっていうか、改めて突きつけられたっていうかね。そんなとこだと思うよ」
口調に少し何かを含ませて、でもいつもと変わらない口調で締める。
この話はこれで、おしまい、と暗にピリオドを打つ。
あまり深入りしてもしょうがない話のときの常套手段だ。
一応ハヅキもそうだね、と同意した風だったが、
しばらくしてから、またおそるおそる、といった感じで顔をこちらに向けて、いった。
「……あのさ、セイニーにちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「ん?なにー?」
多分、先ほどの話関連だろうな、と踏んではいたのだが、
ハヅキの次の言葉に不覚にも度肝を抜かれてしまった。
「そのまま言ってもいいのかわかんないんだけど……
僕濁して話すの上手くないから、そのまま言うね。
……人間とエルフってさ、結婚できるの?」
とりあえず、なんか直球のストレートパンチが綺麗にきまったような衝撃だった。
危うくお腹から咳き込みそうになるのを必死にこらえ、そのままその場にふんばる。
……いろいろ修羅場はくぐってきたけど、純情娘のまっすぐなストレードほど
心臓に悪いものはない、と今学習した。今。
とりあえず、表には出さないものの、相当な衝撃を受けたのは相手も察知したらしい、
や、だから、自分でもヘンな質問だと思うんだけど……と
耳まで真っ赤にしてごにょごにょという姿が、普段が豪快なだけに、珍しく歳相応でかわいく見えた。
「んーその質問正直、すっごい破壊力のあるものだったけど」
少し茶化すと、その言葉に反応するように赤さが増すハヅキに苦笑して、そのままつづける。
「結婚はね。できないことはないと思うよ。
ハーフエルフって言葉があるみたいに、
望めば子供だって産めるみたいだし」
ああ、そういえば、と表情が明るくなったハヅキは実に分かりやすい。
誰と誰のことを重ねていっているのが分かるだけに微笑ましい。だけど……
「でもさ、なんで『できる』じゃなくて、『できないことはない』って私は言ったんだと思う?」
少し、真面目な顔をして問いかけると、え、なんでだろう……と首を傾げた。
そのあどけない姿に、一瞬続けていいものか迷う。
だけど、いつかは知ることだ。そう自分に言いきかせてそのままつづけた。
「エルフと人間はね、結婚はできる。一応ね。
だけど……周りから祝福されている姿を見たことはないし、聞いたこともない。
知られたが最後、人間も……実情は知らないけど多分エルフの方も、
村から締め出されて、存在がなかったことにされる。
……迫害がひどいんだ。」
はっとハヅキが息をのんだのが分かった。
生物、特に自我を持つものは自分と異なるものを排除したがる傾向にある。
人間同士でさえ、考え方の違いで決裂することすらあるのだ。
まして異種族との交わりとなれば……
十中八九、迫害の酷さは熾烈を極めるだろう。考えるだけでも恐ろしいほどに。
「特にティティスは長老の孫らしいから、それだけに他のエルフより一層難しいと思うよ。
……でもね、それはあくまでも外面的問題」
一端切ると、固くなっていたハヅキの表情が疑問系へと変わる。
その変化をしばらく見てから、セイニーは口を開いた。
「あの2人の一番の問題は別にあるんだ」
ブーケ争奪の列は進んだけれど、ティティスはまだ列の中間に行くか行かないかのところだ。
もう少し、話が長くなっても大丈夫かな。
珍しく饒舌な自分に苦笑しつつ、セイニーはまた口を開いた。