「これは、歴史書ですわ」
少しの沈黙の後に、シャルロットはパタリと本を閉じた。
「歴史書?エステロミアの?」
「ええ、黒王を倒した際の傭兵団の活躍がつづられたものです」
「へえ、随分前のものを読んでいるんだね」
ええ、と笑うと、シャルロットは挟んでいたらしい栞のページを開いて、僕の膝に置いた。
「……ここに、僧侶:シャロット、って書いてあるでしょう?
私の名前も、この方にあやかってつけられたんです。
この方のように、回復魔法で味方を援護する、強い女性になりますように……って。
そのままだと聞き訳がつきにくいので、間に“ル”をつけて。
まあ、実際私はその方の正反対で、攻撃に特化した女性聖剣士になってしまった訳ですけれど。
どうも、回復系って覚えにくくて」
そう言って彼女は笑った。ああ、彼女もやっぱりそうだったんだ。
僕も、話が途切れないように、口を開いた。
「そっか。僕もそうだよ。ここにある……うん、あったこれ、
剣士:ジョシュアって。僕も彼の名前にあやかってつけたって母さんが言ってた。
なんか、母さん子供の頃から彼のファンだったらしくて……
聞き分けも何も考えずにそのままこの名前なんだよ。
まあ、僕の場合は、ほとんど彼と同じ性質の剣士になっちゃったみたいなんだけどさ」
でも、こんな大剣士とは全然違うんだろうけど、と苦笑した言葉に、
意外にも、シャルロットは今まで浮かべていた微笑を消してしまった。
どうしたんだろう、何か変なことでも喋ってしまったのだろうか。
焦っていると、シャルロットは急に膝に置いてるページをペラペラとめくって、あるところでページをとめた。
そのページには『エルフ:ティティス』と書いてある。
シャロットは何かをためらっているかのような表情をしばらく浮かべて……
意を決したように口を開いた。
「この方、ティティスさん、ですわよね」
「……あ、うんそうだよね……。
僕も同じだなって思って聞いてみたんだけど、
彼女が言うには、彼女の先祖だったんだって。
面白いね。エルフでも、名前をあやかってつけるなんて」
僕が何の他意もなく、聞いたままの答えを出すと、
シャルロットはふるふると頭を振った。
「……ティティスさんなんです。
この方も、また私達が知っている『ティティスさん』は、同じ、なんです」
「え……?」
彼女が言っている意味が、意図が、飲み込めない。
「……そんな、まさか、だって100年以上も前の、こと、だよ?」
整理しきれない言葉が、溢れてそのまま回る。
「……それは『人間』だった場合の状況ですわ。
前に読んだ本によると、『エルフ』は、1000年の時を生きるといわれています。
……そして、その時の間、『青年期』が一番長いんです。
これが、本当ならば、彼女が黒王を倒した時期に在籍していた傭兵の『ティティス』さんであっても、
なんら不思議はありません。そして……」
だんだん、勢いを増す語調は、そこで途切れた、
彼女は最後の言葉を数度繰り返して、次の言葉を紡いだ。
「そして、貴方は……似ているんです。
その昔の傭兵だった『ジョシュア』さんに。
生き写しといっていいくらい、そっくりなんです。
びっくりするくらい、すごく、似て いて……」
シャルロットの言葉が、次第にフェードアウトする。
今知った情報量があぶれて、上っては消え、上っては消えてゆく。
その中で昔、寝る前に母さんに幾度となく読みきかせられた本の結末が
鮮やかに蘇ってきた。
もし、その結末が、本当なら。
そして、僕が、その剣士に生き写しだというならば。
じゃあ、彼女は。
先ほど、彼女がいた場所に目を向けると、もう彼女の影すらも見当たらなかった。
「……僕、ティティスに会ってくる」
おぼろげな状態のまま、ふらりと立ち上がった。
“そうしなければならない”
本能が、そう告げていた。
返事が来る前に足が勝手に走り出す。
すると、彼女が後ろから叫ぶ声が聞こえた。
「ティティスさんは今日、エルフの森に帰られるそうですわ!
もう立っていらっしゃるかもしれません!
行くなら、裏口に!」
「……分かった!」
短く声を張り上げて、僕は速度を速めた。
どうか、会えますように!会ってください!お願いですから!
シャルロットの叫びとも、祈りともつかない声が後ろからかすかに聞こえたような気がした。