寒空の透き通った青空をぼんやりと見つめて、何の気もなしに手を伸ばす。
薄汚れて、ほとんどぞうきんのようにボロボロになったグローブが
青い空を遮るのを見て、思わず呟いた。

「……つまらない」

ぽつりと呟いた言葉は、そのまま誰に聞かれることもなく地に落ちた。

この感情は、遠くで楽しそうに球を投げたり、打ったり、その出番を待ったりしている子供達には
分からないであろう。まあ、分かってくれとも思わないが。
いつも養育所の一角で本ばかり読んで、仲間に加わろうとしない自分に、
業を煮やしたであろう職員が子供たちに「仲間に入れてやってくれ」など、
いらんお世話をしたのは目に見えている。
いつもなら、全く自分には目もくれない子供が「お前も一緒にやろうぜ」と
言葉をかけてきたのには、上には逆らえない圧力の所為だろう。
しかし、ここで断っては、後での対処が非常に面倒くさいことになると思ったため、
仕方なく「いいよ」といってきてみれば、
一番球が来そうにない場所の守りが役目。
予想通りといえば、あまりにも型にはまった予想通り。
彼らにとって、結局、自分は邪魔者以外の何者でもないのだ。
それが分からないほど、無知ではなかった。

(ああ、帰って本が読みたい)
上に伸ばした手を引っ込めて、気だるく騒いでいる子供たちを見やる。
ゲームは白熱しているようで、熱戦が繰り広げられているようだった。
しかし、こちらに球が来る気配はない。
ああ、全くどうして、何もないのに、1人で突っ立っていなければいけないのだろう。
こんなことをしているより、本を読んでいる方がよっぽど有意義だ。
向こうも大して自分を必要だと思っていないのだから、
気分が悪いからといって、帰らせてもらおうか。そう思っていたとき、
一際大きな声が沸いたかと思うと、近くに立っていた家から、
何かが派手に割れるような音がした。
それから、すぐに辺りに散らばっていた子供たちが、徐にざわざわと不穏なさざめきを出し、
ひとところに集まりはじめる。

なるほど。これはあれだ。やってしまったのだな、とすぐに理解できた。

ここで騒ぎにまぎれて帰ってしまうことも簡単であるが、
それはそれであとあと面倒くさいことになるので、
仕方なく重い足で仲間と呼ばれる者たちのところに向かう。
「……どうしたの?」
「……どうしたもこうしたも……」
差しさわりのない定例文句に答える焦った子供の声は、一段と大きな声にかきけされた。


「こらあああああああっ!!!」


深く響く大きな怒声が響いたかと思うと、髪の毛を無造作に振り乱した……
いわゆるぼさぼさ頭で、白いひげをこれでもかと蓄えた老人が、
顔を真っ赤にしてこちらにやってきた。

「俺の家に球を投げ込んだ奴はだれだ!?」

怒りを露にした大声と容姿はは、子供たちを竦ませるのには十分で、
一斉に子供たちは震え上がって下を向く。
あわせて下を向きつつ、まあよくあんな声が出せるなぁと人事のように感心していた際に、
まるで水をさすが如く、それは発せられた。

「こ……こいつがやったんです!」

この仲間のリーダー格が、震える大声で叫び、指を指したのは……
間違いなく、自分自身だった。
「そ、そうだ!おまえがやったんだろ?」
「おい、ちゃんと謝れよ!」
驚いて、声を出せずにいると、その周りにいる子供たちもこれみよがしにと囃子立てる。
その目は必死だった。必死に『自分』というものだけを守ろうとしている目だった。

ああ、そうだ。結局は。

ふう、とどこからかため息が漏れたのを感じる。
分かっていたはずだ。分かっていたはずなのに。
どうして、悲しいとか悔しいなどと思ってしまうのだろう。

分かっていたことじゃないか。
彼らは義務で自分を誘ったのだ。職員に言われたから、仕方なく。
なぜならば誘わなければ、どうして言わなかったかと職員に自分達が責められるから。
職員だってそうだ。口では「社交性に影響が出るから」というが、
単に仲間から離れて一人でいる自分を見て、上から何か言われるのが嫌なのだろう。

分かっていた、ことじゃないか。

それぞれの『自分のため』で、
自分を分かってくれる人なんて、一人もいない。

ギリと奥歯がきしんだ気がした。
でもこれは、別に悲しいわけじゃない。
ふ、と顔をあげると、喚いていた声がやんだ。
そのままじっと老人の顔を見つめ、そして頭を下げた。
「……僕がやりました。すみません。」

全てを把握し、全てを享受し、全てを諦めた声で、静かに一言呟いた。




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