ヤバイ、かもしんない。
ハヅキは冷や汗がたらり、と背中に流れるのを感じた。
やっとのことで、勘違いした店のおばちゃんを振り切ったのはいいのだが……
その時にパニくってぶつけた足が痛み出したのだ。
これは……捻挫してるかも……ズキズキと鈍い痛みを放つ足に危機感を覚えていると、
隣にいた『キャス』が怪訝そうにこちらをのぞきこんできた。
「ハヅキさん……なんか具合でも悪いんですか?」
「へ!?あ、いや別にそんなことはないよ!大丈夫大丈夫!元気元気!」
内心、うああああああ顔を近づけないでええええ!という叫びをあげて、
『キャス』の顔を見ないように、できるだけ見ないように努める。
さっき、彼氏と勘違いされた時の余韻が残っていて、なんだか妙に意識してしまうのだ。
「さ、さあ早いとこ行っちゃおう!」
空元気を出して、そのままずんずんと歩いて……いこうとして、腕をつかまれているのに気づく。
「え……ちょ……」
思わず『キャス』を見ると、真剣な顔をして足を見ている姿が目に飛び込んできた。
「……やっぱり、怪我してるじゃないですか。
このまま歩くともっと酷くなりますよ」
「や、でもこれくらいはだいじょう……」
「いーえダメです!応急処置をしましょう。
そうですねここじゃちょっと人が多いので……よいしょっと」
「ふぇ?」
『キャス』は何かを見定めるように辺りを見渡すと、そのままひょいっとハヅキを……
お姫様抱っこの要領で抱き上げ、そのまま歩き出した。
「お、おろして!おおおお降ろしてってば!」
「あそこのベンチまでなので、ちょっとガマンしてください」
わたわたと暴れるが、『キャス』は全く意に返すこともなく歩く。
恥ずかしくてたまらないのだが、暴れる分だけ人目を引くことに気づいて、
不本意だが、大人しくせざるを得なかった。
「はい、これで大丈夫です」
慣れない手つきで包帯を巻いた『キャス』は達成した笑顔を見せた。
はじめてだと思うのに、しっかり巻いてあるのは、キャスの元来の器用さのためだろうか。
観念して、されるがままになっていたハヅキは苦笑いしてお礼をいった。
「ありがと…それにしても、よく知ってたね。応急処置の方法」
「この前、シャロットさんに、薬品の知識を教わった時、一緒に教えてもらったんです。
捻挫はよくすることがあるから気をつけなさいって」
「そっか……」
処置された足をぷらぷらと動かして、相槌を打った。
「じゃあ処置も終わりましたし……しばらく休んでましょうか」
そういうと、『キャス』は隣に腰を下ろす。
うんと、気のない返事をして、ざわざわと騒がしい街道へと目をやった。
『キャス』はキャスだ。他の誰でもないし、他人でもない。
今はただ、薬の影響で大きくなってしまったキャスなのだ。
だから、元は変わらないし、実際習性などはまるっきり同じだというのに、
こうも態度が違うと調子が狂う。
まさかキャスにお姫様抱っこをされる日が来るなんて、誰が思っただろう。
それにドギマギする自分はどこか違っておかしいような気がして、
心の整理はつかなかった。
「……ハヅキさん」
急に、遠慮がちに『キャス』から声をかけられた。
「ん……なに?」
顔も向けずに返事をすると、がさごそという音がして、
目の前にずいっと黄色いペロペロキャンディーが差し出された。
「あ……あのぅ……もう、これ食べてもいいですか?」
思いもしない質問に、思わず『キャス』の顔を見る。
ドキドキと親の許しをこう子供のような瞳と態度に、ふと口元が綻んだ。
「あはは、いいよ。食べちゃって。それキャスのだし」
「あ、ありがとうございます!じゃあさっそく」
パクッとキャンディーにかぶりつく姿はキャスそのもので、
さっきのおかしいような変な気持ちはもう吹き飛んでしまった。
(やっぱりどんなことがあっても『キャス』はキャスなんだよなぁ。)
再確認するように、心の中で呟くと、今まで整理できなかったモノが、すとんと落ち着いたようだった。
ガラッガラガラガシャン!
「きゃああああああっ!」
しばらくキャンディーを舐め続けるキャスと一緒に街を見ていたが、
急に大きな何かが崩れたような音がした。
それと同時に発される叫び声。
ハッと気づいて音がした方向を見やると、そこには店員を人質に、
店を脅しにかかる集団の姿が目に入った。
「おらおらおらぁ!俺たちは盗賊団『ザ・リベンジオブ・シルバーウルフ』だ!
こいつの命が惜しかったら、抵抗はするな!
邪魔をする奴がいたら遠慮なくこいつだけでなく、周りにいる奴も殺す!」
リーダー格の奴が、高らかに宣言しおえる前に、集団は動き出す。
動きが早い。明らかに慣れている。
「……どうしましょうか」
この姿で実戦は初めての『キャス』が低い声でハヅキに訊ねる。
「どうしようか……」
質問に答えつつ、状況を素早く見渡し、分析する。
店の前に、店を背にした形で、人質とリーダー格。
そしてその護衛であろう団員三名がリーダー格を囲む形で控えている。
後のメンバーは店内だろう。乱暴に店内をあさる音がここからでも聞こえてくる。
店内とリーダー格との距離は僅か5Mほど。
何かあれば、店内から団員が飛び出せると踏んでいるのだろう。
そこに護衛はいない。
つまり、前の3人を倒して、後ろから攻めれば、人質奪取は可能だ。
「キャス……君の役目、重要だよ」
低く呟いたハヅキの真剣な瞳に、『キャス』は目で頷いた。