ざわざわ、と活気に溢れる街を目の前にして、『キャス』はキラキラと目を輝かせた。
「すごいですねー!大きいですねー!街ってこんなに大きいんですかー!」
キョロキョロと落ち着きなく視線を動かす『キャス』にハヅキは苦笑していった。
「はしゃぐのはいいんだけど、一人ではぐれないように気をつけてね」

キャスが大きくなってから二週間。
未だ一向に元に戻る気配などなく、ただ刻々と時間だけが過ぎていった。
傭兵の協力により、戦闘スキルも安定した『キャス』は、
ついに明日から正式に傭兵の仕事を任されることになり、
その準備をするために、今日は2人で買い物に来ていた。
記憶がない『キャス』は、街へ来るのも初めてで、その新しいものの渦にすっかり興奮しきっている。
まあ、楽しげな『キャス』を見るのもそれはそれで楽しいなと思えるようになったのは、
すっかり情が移ってしまったからだろうか。
最初はあんなに嫌だったのになと思い浮かべて、ハヅキはまた一人苦笑した。

「ハヅキさーん!あれ!あれ見てください!でっかいですよ!
 でっかいキャンディーですよ!あんなのあるんですね!!」

指をさしているのは、遠くからも見えるでっかいぺろぺろキャンディー。
お菓子に目が行くのはやっぱりキャスだ。
「ああ……あれくらいならたいした値段じゃないし……
 買ってもいいと思うよ」
「ほんとですか!?じゃ、ぼく行って来ます!」
ダッシュで走り去る姿にくすりと笑うと、ハヅキもゆっくりと後を追った。

「あら、ハヅキちゃん」
やっとキャスに追いつくと、その店の前には、見知った人物が立っていた。
「あ、おばさん。御久しぶりです」
「まあまあほんと、久しぶりねぇ」
ちょっと前に腰を悪くして、店には出なくなっていた店員のおばさんは、どうやらやっと復帰したようだ。
店にはよく来ていたため、顔見知りだった身としては、久しぶりにあえて嬉しい。
「腰、大丈夫ですか?」
「ええ、心配かけてごめんね。でももう大丈夫よ。
 ……まあまあ、ハヅキちゃんも見ない間にすっかり大人っぽくなっちゃって……」
感慨深げにいうおばさんの言葉に、いえそんな、とちょっと照れ気味にいうと、キャスが間に入って来た。
「ハヅキさん、どの色のキャンディーがいいと思いますか?
 なんかどれも綺麗で捨てがたくって……」
「ああ……それじゃ黄色あたりにしたらどう?
 キャスってなんか黄色って感じ」
「そうですね!じゃあそうします。あの、これ一本ください」
「え……あ、はいよ」
ありがとうございます、と嬉しそうにキャンディーをもらって先に行くキャスを追おうと、
それじゃ、とおばさんに会釈をすると、勢いよく肩をたたかれた。
「ハヅキちゃんハヅキちゃん!」
「え、あ、はい?」
口元に手をあてて、興奮している様子のおばさんに少し戸惑って返事をすると、
おばさんが上ずった声でまくしたてた。
「ちょっと……すごい美形の子じゃない!
 おばさんびっくりしちゃった!ハヅキちゃんあんな彼氏が出来るなんて……
 もう!隅におけないわね!」
最後には、どつく要領で、小突かれたような気がしたが、
しかし、そんなことより、そんなことより、
……今何か聞きなれない言葉が聞こえたような……
そ、そう彼氏……とか……って……

ちゅどん!

ハヅキの心の中の何かが爆発して、反射的に顔が真っ赤になっていくのがわかった。
「え、いやいや、あの、別に彼氏とかじゃなくて!あ、あのえーと」
初めて言われた、なじみのない言葉に、急激に恥ずかしくなる。
しかも、違うと否定するはいいが、あまりのパニックのため、
2人の間を表す的確な言葉が全く見つからない。
パニックしまくりのハヅキの行動を、恥じらいと思ったのか、おばさんはまたどついていう。
「まーまー恥ずかしがっちゃって!いいのよぉ、おばさんには隠さなくても!」
「い、いやそうでなく……そうでなくて……っ!」
目がぐるぐると回って、頭がオーバーヒートする。
そのままふらふらと後退したかと思うと、がつんと鈍い音がした。
「あらあら、大丈夫?」
「へ……、あ、だいじょうぶです!」
なんだか足に鈍痛がしたが、パニック状態の最中には全く気にならない事象だった。
「ハヅキさーん?」
遠くから呼ぶ『キャス』の声に、ハッと我に返る。
「あ、じゃ、じゃあ、で、弟子が呼んでるので、失礼します!」
苦し紛れの言い訳をして、あとは振り向かずにダッシュで店を後にした。
「まあまあ、あんなに照れちゃって……若いっていいわわねぇ……」
あとは勘違いしたままのおばちゃんが一人浸っていたという……。


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