「ハヅキさーん!おかえりなさーい!」
任務を終えて、宿舎に帰ってきたところに、
ブンブンと手を振った『キャス』がとたたっとこちらにかけてきた。
「うん、ただいま。今日はどうだった?薬品の名前覚えた?」
「はい!シャロットさんに教えてもらって、バッチリ覚えました!
今、休憩に行こうと思ってたんです。ハヅキさんも一緒に行きましょう!」
「あ、あんまり走ると転ぶよ」
今日も相変らず『キャス』は元気だった。
大分技も覚え、あとはもう少しで実戦に使えるかどうか、というところまできているのは、
凄いというべきか、さすがというべきか。
そんな『キャス』は、日常では相変らず子供のように、ハヅキの後ろをついてくる。
最初はなんだか恥ずかしかったのだが、今は大分慣れてきた。
こうなる前のキャスとも普通に仲はよかったのだが、
後ろをついてくるということはなかったので、なんとなく新鮮だ。
「……今日も煮干食べるの?」
「はい!やっぱりあれ以上に美味しいものってないんですよねー。なんででしょうねー」
たわいのない話をしつつ、食堂に向かう。
ドアを開けると、ティティスとジョシュア、そしてセイニーとミロードがそれぞれに談笑をしていた。
いつもと、何も変わらない光景。
……だったのだが、一歩前を歩いていた『キャス』は急に足を止めた。
「……どうしたの?」
奇異な行動を不思議に思って訊ねると、キャスは無言で一定の場所を見つめ……
つかつかつか、と歩き出したかと思うと、
むんず、ぎゅっ。
「きゃあっ!」
ティティスのゆるく二つに結ばれている髪の毛を思いっきりひっぱった。
あまりの唐突な出来事に、場にいる全員が、固まる。
「ちょ……あんた何すんのよ!」
一足先に我に返ったティティスが『キャス』に向かって怒鳴ると、
『キャス』はびくりと体を震わせて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい……!
な、なんだか急にティティスさんの髪の毛をみたら、
無性にひっぱりたくなっちゃって……
ほ、本当にごめんなさい!」
必死に謝る『キャス』にそれ以上怒鳴ることもできないのか、
あげた拳を下げつつ、はあっとティティスはため息をついた。
「ま、いいけどさー。もうこれで三回目よ。いい加減にしてほしいったらないわ。
いつもならげんこつ一発でも食らわしてやるのに、こうだから殴れないし」
持て余した拳をぐるぐると振り回しつつ、呟くティティスに苦笑しながらハヅキはフォローする。
「ごめん。なんだか、こうなっても、キャスとしての習性は変わらないみたいでさ。
たまに出るんだよね。キャスらしい行動」
「でもあたしにだけちょっかいかける行動が染み付いてるって、どういうことなのよー」
「そりゃ貴方、キャスに気に入られてるってことじゃなくて?」
ぷーっとふくれるティティスにミロードが茶化すように言った。
「あーそういえば、そうだねー。
キャスってイタズラっ子だけど、自分からケンカふっかけるの実はティティスだけだもんねー」
「もーやめてよー。そんな気に入られ方しても嬉しくない!」
ぷんっとそっぽを向いたティティスとは裏腹に『キャス』はどういう反応をしていいかおろおろしている。
そんな2人を見て、ミロードがにやりと笑った。
「……まあ確かに、前のキャスと貴方とだったら、
イタズラっ子とそれに過敏に反応する大人気ない女性って感じだけど」
「何が大人気ないよ!」
「今だったら結構お似合いに見えるわよ?ね、そう思わない、ジョシュア?」
「え……僕?」
ミロードは今まで苦笑して成り行きを見守っていたジョシュアに急に話題を振る。
その声にはからかいの色が色濃く含まれており、明らかに反応を楽しんでいるものだった。
「思わない!思わないわよね!ジョシュア!」
必死に否定を促すティティスを尻目に、悪ノリでセイニーも加わる。
「えーでも、結構お似合いかもしれないよー?
だって同じ金髪だし、耳尖ってるしー、
何より身長もティティスよりちょっと『キャス』が高いくらいだしー」
「そうそう、顔も『キャス』は言わずもがな、ティティスも黙ってれば美人だから尚更、ね」
「黙ってればって何よ黙ってればって!」
一人憤慨するティティスと、おろおろしている『キャス』、悪ノリする2人と、
さて、自分はどう身をおこうかと、ハヅキが真剣に悩んでいる最中に
今まで黙っていたジョシュアが口を開いた。
「うん……まあ、お似合いといえばお似合いかもね。
だってほら、なんか姉弟みたいだし」
しん、とあたりが静まった。それはただ単なる静寂ではなく、
ツッコミの静寂だった。誰もが思ったのだ。そこかよ!!!と。
「もー!なんで姉弟なのよー!」
「え、じゃあ漫才コンビ?」
どこかほっとした様子を滲ませてつっかかるティティスに
ジョシュアが真顔で答えている。
「……うん、まあ確かにね。姉弟といえないこともないけど……ね」
何も輪に加われなかったハヅキがぼそりと呟くとセイニーも同調した。
「ズレてるよね。あきらかに。
……あれ、天然なのかな。それともわざと?」
「セイニー、あれは天然よ。どう考えても天然。
だから末恐ろしいのよね……あ、頭痛くなってきたかも」
はあ、とミロードがため息をついた。
「……あ、あの……」
後ろで繰り広げられているため息大会と、
前で繰り広げられている痴話ゲンカ(?)に一人行き場をなくしている『キャス』が恐る恐る声をあげた。
途端に、一同の視線が『キャス』に集まる。
『キャス』は至極真面目な顔をして、眉間をよせて高々と言った。
「お似合いって……美味しいんですか?」
そのあと、ティティスのげんこつが飛んでしまったのは、仕方の無いことだったかもしれない。