びゅん!びゅん!!


手に持った長刀が、風を切る。
頭に巻いた白いハチマキが、そのたびに揺れて、練習に力が入っていることを如実に表していた。

今日はなんだか調子がいい。
いつもは1000回の素振りだけど、今日は2000回に増やしてみようか。
なんてことを考えていると、遠くから、よもや聞きなれた声が聞こえてきた。

「師匠せんせーい!」

『キャス』だ。まぎれもない『キャス』の声だった。
ああ、これで今日の計画はパアかなあ……なんて
ちょっと悲しげに心の中で呟きつつ、素振りをやめて『キャス』の方を見る。
「あのさ……だから、師匠先生っていう謎の呼び方しなくていいから。
 “ハヅキ”でいいから、ね」
「はい……じゃあ、ハヅキさん!
 見てください!ぼく手裏剣覚えたんです!」
呼び捨てでいいっていったのに、なぜかさん付けにするのは、
教えを受けた人間(※ジュラン)の仕業なのか。
でもこれ以上いうのも疲れるので、ハヅキは『キャス』の話題に合わせる。
「そっか、よかったね。……もう命中させられるの?」
世話係、といってもキャスの本来のスキルは盗賊のものなので、
長刀使いのハヅキとは相容れない。
そのため、一番スキルが近いアイギールに教官を頼んだのだ。
キャスは嬉しそうにこくこく頷くといった。
「まっかせてください!もう百発百中です!
 あの木に当てることもできますよ!見てください!」
自信満々にそういうと、50Mほど離れた木に向かって構え、
もうすでに慣れた手つきで手裏剣を投げる。
トトトッと小さな音をたてて、手裏剣は木の真ん中に当たった。
「へえ……もうここまでできるなんて、凄いね」
記憶は失っても、体が覚えているのだろうか。
隙のない動きに素直に感心すると、『キャス』は満面の笑みをたたえた。
「ありがとうございます!ハヅキさんにそういっていただけると嬉しいです!
 あ、ぼくここらへんで練習してますから、ハヅキさんもご自分の練習なさってください!」
そういうと、先ほど投げた手裏剣を取りに、木の方へとトタタッと駆けていった。
後姿を見ながら、ハヅキはくすりと笑う。

「キャスらしいといえば、すごくらしいんだけど」

数日『キャス』を見てきたが、どうやら、体顔つきは変わっても、
根本的な行動とか、そういうのは変わらないらしい。
元気に駆け回る姿は前の姿と変わりはしない。
だが、やっぱり違和感が拭えないのは仕方のないことだろう。
敬語なのもそうだが、何より、キャスの口癖の語尾につける「〜にゃん」がないのはどうも調子が狂う。
ジュランに聞いたところ、
『ああ、あれは、どうやら、ケットシー独特の方言みたいなものみたいでして。
 幼い頃から聞いているから必然的にそうなるらしく、
 どうやら、普通に言葉を教えると、普通に話せるみたいなんですよ』
といわれた。じゃあなんで敬語?と聞くと、
『いやあ、それが、どうも教えた時の私の喋り方が移ったらしいです。
 一人称はさすがに「私」だとキャラ的におかしいので、「ぼく」に変更させましたけど』
とのことだった。
(なんていうか、記憶喪失ってのは大変だなぁ……)
キャスがキャスでないというか、キャスなのにキャスでないようだというか。
根本は同じなのに、まるで態度が違うと違う人物に見えるのは不思議以外のなにものでもない。
しみじみと感じていると、そんなに遠くない場所から、うわあああああ!という叫び声がした。

「え、なに!?」

すぐさま声のした方向に顔を向けると、キャスが必死にガレスに向かって謝っている姿が目に飛び込んでくる。
「どうしたの?」
駆けつけながら、訊ねると、ガレスが呆れた顔でいった。
「どうもこうも……見てくれよこれ」
目の前にずいと出されたのは、買出しを頼まれたのか、
大きなまぐろだかなんだかの魚だった。
そのヒレのところに、深々と三本の手裏剣が突き刺さっている。
「こ、これって……」
「ご、ごめんなさい!!!」
間髪居れずに『キャス』が深々と頭を下げる。
「なんか……ついそれを見たら反射的に体が……
 ほ、本当にごめんなさい!」
更に前以上に深々と頭を下げるキャスに、ガレスが適当にフォローを入れている。
……やっぱりキャスはキャスだ。
先ほどの思いを却下して、ハヅキは大きなため息をついた。


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