「え……そ……それがキャス!?ええええええええええ!?」

一番驚いているのは、キャスといつもケンカばかりしているティティスだった。
口をパクパクさせてもうほとんど空気の足りなくなった金魚状態である。
「やーでも……ほんとに……?確かに今朝からキャス見ないけどさー」
怪訝な声を出したのはいくらか落ち着いているセイニー。
目の前の美少女ともいえるほど、綺麗な顔立ちの美少年が、
実はキャスだったという事実に、誰もが驚愕の渦に巻き込まれる。
正体をあてたハヅキも、実は未だに信じられない。
その場にいる全員が口々に疑問を口にする中で、ジュランがまたパンパンと手を叩いて、
注意を自分に向ける。

「みなさん落ち着いてくださーい。ほらほらーキャス君も怯えているじゃないですか。
 これには深―い訳がありましてね。ま、ま、ちょっと静粛にしてください」

どうどう、と目の前に手を翳して、会場を落ち着かせる。もうほとんど何かのイベントの司会者だ。
対する『キャス』はというと、なんだか場の雰囲気に圧倒されて、ジュランの後ろに隠れてしまった。
しかし、目の前にいる『キャス』が、あのキャスなら、どうしてみんなを前にして、反応がないのだろうか。
普通のキャスならば、大きくなったからといって真っ先に自慢しそうなはずなのに。
多分それも深―い訳、という中に含まれているのかな、
とハヅキは思って目の前のジュランに注目した。
「それがですねー。ここまでくるのには紆余曲折。
 山あり谷ありの涙なしでは語れない秘話がありまして、
 話は長くなりますが、これは私が幼少時から」
「……能書きはいいからさっさとまとめて手短に話しなさい!手短に!」
場の空気をあからさまに楽しんでいるジュランに、ミロードの今にもぶち切れそうな声が飛んだ。
ジュランは、おお、怖いですねぇとこれまた楽しげに答えて、今度は真面目モードに切り替わる。
「手短に話しますと。そうですね。まあ、あれです。
 昨日の夕方頃、どうやらキャス君が私の部屋に来たようで。
 しかし、私はちょうど違う薬草を取りに留守にしていたんですね。
 そこで、キャス君は誤ってこけたんだか、滑ったんだかわからないんですが、
 私が「薬品コンテスト」に出そうとしていた薬品を頭から被っちゃったらしく……」
そう言って、ジュランは後ろに隠れている『キャス』を再度前に出させた。
「ま、結果的にこんな風になってしまったわけですよ。
 しかも、なんだかそのショック?かなんかで今までの記憶を全てなくしたようで。
 最初は言葉すらもろくに喋れない状態でしてね……
 付け焼刃ですが、今朝までつきっきりで通常会話と日常最低限必要なことを教えて、
 今にいたるわけです。いやー、飲み込みかなり早くて助かりました。
 やっぱりキャス君、頭いいんですよねー」
……最後は親のノロケみたいな話になったのではしょるとして。
つまり、つまりは。

「キャスはキャス、だけど記憶喪失のキャス……ってこと?」

「ええ、まあ、そういうことです」
ハヅキがぼそりというと、打てば響く回答が帰ってくる。
「いろいろと……厄介なことになった……ってことね……」
アルシルが珍しく眉を顰めて呟いた。
「……で、元に戻る方法はあるのかよ?」
あまり期待していない低い声で訊ねたのはガレス。
ジュランはそれににっこりと笑って……

「あるわけないじゃないですか★」

素敵に明るく答えた。
「まあ、もともと一時的な効果を期待して作っていたものなので、
 薬の効力が切れれば、元には戻ると思いますから、大丈夫でしょう」
楽観的だ。楽観的すぎる。
……だけど、本当にキャスのピンチなら、ジュランも必死になるのだろうから、
本当に大丈夫という確信があるのだろう。
「それなら、いいんだけど……でも、これからどうするんだい?」
ジョシュアの最もな問いに、ジュランはああ、と頷くと
「このことは団長には言ってあります。
 しばらく、任務はさせない方向で行くそうです。
 なにせ、戦闘の仕方忘れてますし、そこまで教えられてませんから。
 でも、ここはしがない傭兵団……任務ができない者をずっと置いておくわけにはいきません……ということで」
ジュランはつかつかとハヅキに歩み寄ると、にっこりと、もうそれはうそ臭いほど素敵な笑顔で
ハヅキの肩を叩いた。


「ハヅキ、あとの世話は頼みました」


………………へ?
ハヅキの目が点になる。しばらくの、沈黙。
「ええええええええええええ!?な、なんで俺が!?」
あまりにもパニクったのだろう。最近一人称が「僕」のみの使用だったのに、
前の「俺」になってしまっている。
しかし、ジュランはそのうそ臭い笑顔をさらにうそ臭く素敵にしていった。
「いやね。もう最初から決めてたんですよ。
 この子がキャス君だーって最初に気づいた人に、世話を任せようって。
 なんというか、その人が一番キャス君を分かってくれる人ですからね……」
「や、分かってるとかじゃないから!直感で分かっただけだから!」
「それでも、いいんですよ。気づいたことに意味があるんです。
 私が世話をしたいのは山々なんですが……
 『薬品コンテスト』も近いのに、薬があんなことになっちゃたので、
 最初から作り直さなければいけなくて……マジで死にそうなんです。
 ここは人助けと思って、お世話係を引き受けてはくれませんか?」
「いや、俺、人の世話とかしたことないしっ!がさつだし!!」
ぶんぶんぶんと高速回転でクビを回して否定しているのに、
ジュランは全く動じる気配はない。
(こ、困った……ど、どうすればこの状況を打開できるんだろ……)
ハヅキがぐるぐると回る目で心底悩んでいると、
ふわりと誰かに手を掴まれる感触を覚える。
ふと見ると、『キャス』が両手でハヅキの手を挟んでいた。
言葉はない。だけど、うるうるとした上目使いが!そのキラキラとした瞳が!全てを物語っていた。
これで断れるはずがない、否、断ったら人でなし確定。
「……わ、分かったよ……」
がくりと頭を垂れて根負けして頷くハヅキに、『キャス』はぱあっと目を輝かせて

「よろしくお願いします!師匠先生!」

なんかズレた言葉をのたまった。


……ガックリオーラを背にしたハヅキに嬉しそうについていく『キャス』に、
ジュランは満足そうに微笑んだ。
「いやーやっぱり、教えて正解でしたね。
 『女性に断られない!言葉にしないで上手くいく!告白必勝法!』
 やー、滞りなく決まってよかったよかった」
「……あんた……何さりげに凄くくだらないこと教えてるのよ……」
ミロードの呆れ声に、その場にいる全員が同調したのはいうまでもない。

←back next→

top + novel