「ブライト様―っ!」
はあはあっと息を切らしてレインがかけてくる。
「どうしたんだい?」
レインからの要望で花冠を作らされていた僕は
手を止めて声がする方向を見る。
「ほら、あそこ!あそこに凄く綺麗な蝶の群れがいたの!
 早く早く来て!」
「あ、うん分かった。分かったから。あんまり急ぐと転ぶよ?」
今にも飛び出さんばかりの勢いの彼女にひっぱられつつ、僕も走った。

 


〜第五幕〜 告白




仕事がひと段落してからの休みは少し長めに取った。
休日の予定はもちろん、レインにも伝えて、
最近見つけた森に、綺麗な花畑があったから、一緒に行こうといった。
すると目を輝かせた彼女は、ファインもちょうど一緒の休みだから、
一緒に行ってもいいかしら、と答えた。
今までなら、うんいいよとすぐに承諾しただろうけれど、今回は違う。
「今回は二人で行きたいんだけど、ダメかな?」
その言葉を彼女はどんな風に、受け取っただろうか。
レインは、不思議そうにしつつも二つ返事で承諾した。
そして今、その花畑に、二人で来ていた。

レインに引っぱられながら走ったその先は、
大きな木々が涼しげな陰を作っている場所だった。
時折梢から差し込む光が陽だまりを作っていて、穏やかな空気を感じさせる。
「ほら、見て!」
レインに言われて見上げると、その陰を作る木々の間を
キラキラした何かが通りすぎていくのが見えた。
よくよく目をこらして見ると、青い羽に鮮やかな鱗粉を纏わせた蝶の姿だ。
その鱗粉はキラキラと蝶の羽から零れ落ち、黒い影の世界を神秘的な光の世界へと変革する。
「ね、綺麗でしょ?」
「……うん綺麗だ」
自慢げに胸を張る彼女の姿を横目で見て、
ポケットにしまってあるものをぎゅうと握り締めた。

「レイン……君に、話したいことがあるんだ」
言おうか言うまいか迷った後、そう話を切り出した。
「?なに?」
暫く蝶を追って見とれていた彼女は、立っている幹からぴょんと軽々とジャンプをして、
こちらにやってきた。
「少し前……ほら、君たちのティータイムが終わりかけの時に僕が仕事帰りにやってきて、
 ちょっと話したこと、覚えてる?」
「え?ええ……まあ……」
レインは思い出すように顎に人差し指をあてている。
「その時、君は、好きな人がいるって言ってたよね。
 その人ってさ、誰、かな」
我ながら、こずるい話の引き出し方だと思った。
だけど、核心の話をする前に、まず、彼女の反応を見たかった。
「え?え??えっと……それは……」
彼女は予想外の質問に驚いた後、案の定口調がしどろもどろになる。
答えにならない呟きを口にする彼女の反応を見て、僕はゆっくりと口を開いた。
「僕は、昔、君に言ったよね。『恋』がわからないって。
 君は、頑張って説得してくれようとしたけど、
 僕は分からないといったまま話を切り上げてしまった。
 随分、昔の話だから、覚えていないかもしれないけれど」
彼女の表情がはっと強張った。
そうか、彼女はやっぱり覚えていたのか。
申し訳ない気持ちが湧き上がる。
だけど、謝る前に、まだ言うべきことがある。僕は話を続けた
「それから随分経つのに……最近まで、僕は『分からない』ままだった。
 いや……『分からない』って思い込んでたんだね。
 もう、答えはとっくに出ていたのに、
 その答えを見ようとしなかった。また間違って、自分が傷つくのが、怖かったから。
 だけど」
そう言って、彼女の目を真っ向から見つめた。
エメラルドグリーンに輝くその瞳を。
思いをこめて。
「やっと、分かったよ。やっと、見つけることができた。
 僕は、君のことが好きなんだ。
 家族や、友達、また違ったところで、君を一番大事に思うし、
 また、大事にしたい、と思う。
 勝手かもしれない、だけど……心から、そう思うよ」
思いをこめて言葉を結ぶ。
そして、彼女の返事を待った。

何を勝手に、と怒るかもしれない。

どうして、今更、と泣かれるかもしれない。

だけど、どんな反応でも受け止められる。受け止めたいと、僕は、そう思っていた。

彼女はしばらく呆けたようにずっと立ち尽くしていた、
やがて、かすかに唇が動く。
「……って」
「ん?」
「もう一度、言って。ブライト様」
やっと聞き取れる程度の声で、願う彼女に、僕は耳元でそっと言葉を紡いだ。
「僕は、レイン、君を好きです。
 君を一番大事に、思っています。
 またこれからも大事にしたいです。
 君が、もし許してくれるなら、僕の……恋人になってくれませんか?」 

一拍遅れたあとに、目の前の彼女はわっと泣き出した。
僕は彼女の体を支えるように、抱きしめた。
「ほんとに、ほんとに私のこと好きなの?
 ほんとに、ほんとに、信じて、いいの?」
「うん。ほんとに、ほんとだ。」
泣きながら、途切れ途切れに問う彼女に、
僕は子供に言い聞かせるように、ゆっくりと返した。
すると、彼女の涙は更に増した。
「私、私、ずっとブライト様のこと好きでした。
 でも、私ずっと自分勝手だったから……っ
 だから、もう私を好きになんてなってくれないんじゃないかって
 ずっとずっと思ってました。
 だから……だから……っ」
途切れ途切れに叫ぶ彼女に、うん、うんと静かに頷く。
今まで溜め込んでいたものを全て出し尽くすように、
彼女はそれからしばらく泣き続けた。


「……ごめんなさい。告白されたのに、大泣きしちゃって」
「いいんだよ。殴られるかもしれないと思ってたから。それよりは全然」
そういうと、彼女はおかしそうに笑った。
「あの……でも本当に本当なんですよね?
 なんだかあんまりにも突然すぎて……夢みたいっていうか
 夢なんじゃないかって……っていうか夢?これは夢なの?
 夢ならいやーーーーっ!さめないでーーーっ」
少なからずの動揺もあるのだろうが、しばらく息を潜めていた彼女の妄想癖が出た。
僕は苦笑するとずっとポケットにしまっていたものを出した。
「じゃあ、夢から覚めた時に、証拠になるものがあればいいんだよ。
 さあ、手を出して」
そういって少々強引に、左手を出させる。
そして、彼女の手を持ったまま、ポケットにしまっていた小さな箱を開け、
中から、小さな指輪を取り出し、そのまま彼女の薬指にはめる。

「これって……」

自分の指にはまったものを見つめて、またレインの頬が紅潮したのが分かった。
「うん。恋人に……っていった後なのに、かなり気が早いけど……僕の気持ちとして、
 正式に申し込ませてください。お姫様」
そういって、左手をもったまま、地に片膝をついて、レインを見上げた。

「ふしぎ星の7つの国、宝石の国の王子として、正式に申し込みいたします。
 僕と、結婚前提に、お付き合いしてください。おひさまの国のプリンセスレイン」

畏まって恭しく礼をすると、レインがパッと花のような咲いた笑顔で笑って頷いた。

「はい、その申し込み、心からお受けいたします」

その時、あの虹色の鱗粉を持つ蝶が二人の頭上を舞っていき、
虹色の粉をあたり一面に撒き散らしていった。
まるで、二人を、祝福するかの、ように。

帰り道は手を繋いで帰った。
腕を組んだことはたまにあったけれど、手を繋ぐことは実はお互い初めてで、
ちょっとした照れくささがあった。
「……でも、ほんとに嬉しい。私、今日のこと、絶対忘れないわ。ブライト様」
繋いでいない左手指の指輪をうっとりと眺めつつ、夢見がちに呟くレインに、
ブライトはああ……とちょっと頭をかいてから、彼女に何か耳打ちした。
すると彼女の顔はみるみるうちに赤くなり……つられて彼の顔もちょっと赤くなった。
言われた言葉は短い一文。


『ねえ、そろそろ、様はやめて、“ブライト”って呼んでくれないかな?』



←Back  Next→