『分からないとは言わせない。……考えろ。』

 


〜第四幕〜 答え




あれから数日。
ブライトは真剣に考えていた。

『自分は、レインが好きなのか』

簡単なようで、簡単でない答え。
自分の今までの行動、彼女への言動、
そして彼女の行動を追って考える。
考えるたびに、自分は彼女のことが好きなのでは、とふいに思い至ることはあるが、
そのたびに、声が聞こえた

『本当に、そうなのか?』 

『また、以前のように、勘違いではないと断言できるのか?』

以前感じた、ブラッククリスタルの闇が囁く声に似ている。
でも、これはまぎれもない、自分自身から湧き上がった声だ。
そのたびに、迷い、自信を失くし、また0から考えはじめる……
流れは間違いなく堂々巡りで、このままでは埒が明かないことは明白だった。
しかし、そうならないための手段が考え付かない。
悩みは時間が経つにつれ、仕事にも影響を出し始めている。
どうにかしなければと焦るほど、出口は遠のき、
悶々とした悩みは閉塞した空間をぐるぐる回るだけだった。


コンコン

考えにふけっていると、
誰かがドアをノックする音が聞こえた。
「……はい」
覇気のない返事をすると、
「ブライト、いる?」と親しい人物の声が聞こえた。
「アウラー?」
驚いてドアを開けると、そこには、正装である青い服を着た、風車の国のプリンスが佇んでいた。
「久しぶりだね。ブライト」
相変わらずにこやかな笑みを湛えたアウラーは、優しげな風貌はそのままに、
意志の強さを現す瞳を揺らした。
「ああ、本当に。今日は、どうしたんだい?」
「ちょっと、アルテッサに用があって、来たんだけど……
 アルテッサが、ブライトがここのところ元気がないっていうから、様子を見に来たんだ
 何かあったの?」
屈託のない表情で問うてくる姿に、ブライトは一瞬、迷う。
なんでもないよ、と笑って誤魔化そうかとも思ったけれど、
もう、これ以上、自分で考えても答えは見出せない。
それならば、
「うん……ちょっとね。つまらないことだけど……
 聞いて、くれるかい?」
「もちろん。困った時は、お互い様だからね」
勇気を出していった言葉を、アウラーは心地よい返事で返してくれた。


「そっか……それで、ずっとブライトは、悩んでたんだね」
ことのあらましを、考え考え、つっかえ、時に過去に舞い戻りながら
ブライトはアウラーに話した。
アウラーは何もいわずただ黙って聞いてくれて、全部聞いた後、そんな感想を漏らした。
ブライトは力なく頷いた。
「好きか嫌いかって言われたら勿論好きだけど……
 そういう『好き』なのかって聞かれたら、途端に分からくなる。
 考えても……分からないんだ」
憔悴しきった声で呟くブライトの声にはありありと疲労感が滲み出ていた。
「……うーんなんていうか……ブライトは、真面目だね」
難しい問題に眉を顰めるかと思っていたアウラーは
逆に優しい声でブライトに語りかけた。
思わず、顔が上がる。
「真面目……?」
「うん、真面目だよ。
 だって僕、そんな風に考えたこと無かったもの。
 アルテッサが好きだなーって思って眠れない時はあったけど、
 好きかどうかで悩んだことってなかったから……。
 そう考えると僕ってすっごく不真面目だなって、
 ブライトの話を聞きながら恥ずかしくなってしまったよ」
あはは、と苦笑するアウラーには、ブライトを攻める色も、慰める色も浮かんでいない。
アウラーはその調子で続ける。
「僕の場合、まるっきりヒトメボレだったからね。
 かわいい人だなって最初思って、で、目で追っていくうちに、
 すごくプライドの高い人だなってことが分かった。
 でもそれは努力家で、人一倍努力をしているからで、
 ちゃんと悪いことをしたらきちんと謝れるし、
 傷ついた人がいたら、いろいろいいつつも手当てをすることができる。
 そういう優しさを持った人ってことが分かって、アルテッサが好きだって思ったんだよ」
アウラーの少し惚気が入った話を、ブライトは呆けた気持ちで聞いていた。
そういえば、どうして好きになったかとか、そういう話を聞いたのは初めてのような気がする。
そんなに単純なことがきっかけだったりする場合もあるのか。
「普通は、そうなのかい?」
ぽつりと思ったことを疑問にすると、アウラーは慌てて違う違うと手を振った。
「これはあくまで僕の場合の話!
 多分理由は人それぞれだと思うよ。
 シェイドだったら、また違うんじゃないかな。
 とにかく、そういう『好き』って思うきっかけも、僕の場合はすごく単純だったってことさ」
こともなげに言い切るアウラーの言葉は、
あれほどかき乱されていたブライトの心にすとん、と落ちた。
「じゃあ、僕の場合も……違う……のかな……」
何かが見えてきたようで、まだ靄がかかっている。
迷いを隠さずに声を出すと、アウラーは頷いた。
「そうだね。ブライトの場合も、また違うと思う。
 ……だけど、うん、僕が言ったら反則かもしれないけど……
 言うね。多分ね、ブライト、君はレインのこと、とっくに好きだと思うよ」
「え……」
するり、といわれた言葉に、一言、声が漏れる。
「ごめん。これ、さっきアルテッサに聞いちゃったんだけど。
 ブライト、お見合いの話の席で、カメリア王妃がレインのことを悪くいったとき、
 凄い剣幕で怒ったらしいじゃないか。しかも皆までいわせずに。
 確かに、もし、カメリア王妃が僕のことをバカにしても、君は怒ると思うけど、
 でもきっと君なら、全部聞いた後で、違いますアウラーはこうでこうだからそうじゃありませんって、
 そういうんじゃないかなって思うんだよね。
 凄い剣幕で怒るって、そうそうないことだよ。特に君みたいな人は尚更。
 どうして、そんな風に怒ったのかなって考えた時、
 やっぱり好きだから、特別だからじゃないかなって僕は思ったんだ」
違う?というアウラーの言葉に、ブライトは返す言葉がなかった。

そうだ。確かにあの時、自分が思った以上に心は怒りに燃えた。
何故、怒ったのか、それは見当もつかなかったけれど。 

そうだ、そしてあのお茶会の時、笑いつつも悲しそうな表情でいた彼女の言葉に、
胸の疼きを覚えた理由は。

アウラーの言葉を道しるべに、思い当たる言葉が、態度が、
自分のものも彼女のことも次々と浮かんでは消え、浮かんでは消え、頭の中を埋め尽くした。


白紙に、文字が描かれたみたいに。

断絶していたものが、再び接触したように。

靄の奥から、答えは、現れた。



「……話を聞いてくれて、ありがとう、アウラー」
「いえいえ、どういたしまして。……役に立てたならいいんだけど」
自信なさそうに苦笑するアウラーにブライトは微笑んだ。
先ほどの憔悴しきった様子とは全く違う、穏やかな、穏やかな笑顔だった。
「アウラーはすごいね。すごく純粋で素直で。
 僕はそういうアウラーのこと、尊敬する」
「いや……なんだか照れるよ……」
心をこめてそういうと、アウラーは恥かしそうに長い耳を反りあげた。
「ああ、でも僕以上に、シェイドも結構心配してたみたいだよ。
 なんかファインからアルテッサ経由で来た情報だけどさ。
 言い過ぎたような気がするって軽く落ち込んでたっぽいから今度連絡してあげなよ」
「善処しておくよ。結構彼からの攻撃は効いたからね……
 しばらく、そのままにしておくかもしれない」
「……ブライトも何気に強くなったよね」
ひとしきり笑ってから、ブライトはアウラーの手を取る。
「……ありがとう。気をつけて。
 君と、アルテッサの婚約式には必ず出るよ」
するとアウラーは心底驚いた表情をした。
「え、婚約式するって……ぼ、僕言ったっけ」
「いや。でも、アルテッサに用事があるっていうといよいよそういう時期かなと思って。
 ここ数日、アルテッサもそわそわしていたしね」
「なるほどね……なんだかブライトには敵わないな。
 ありがとう。じゃあ、また」
軽く握手を交わしてから、二人は分かれた。


パタン。



アウラーが帰ったあと、ドアをしめて、
ブライトはドアを背に、ほうっと息を吐いた。

やっとわかった。

やっと見つけた。

今まで、白紙だったものはぎっしりと文字で埋まっている。
今まで断絶していたものは、きっちりと大陸に繋がった。
靄の奥の答えは。



君を好きだという。思い。



←Back  Next→