「聞いたぞ。見合い話、蹴ったんだってな」
面白そうに話すシェイドの横で、
「……もう話が伝わってるのか……」
と、ブライトは肩を落とした。
昔は性格が正反対ということと、ふしぎ星の事件のことで張り合ったりと、
ライバル意識がお互いに強かったが、成長するにつれ、
そして国の政治、仕事をこなしていく上で同じ立場上悩みも共通することが多く、自然といがみ合いは薄れた。
今では軽口も言い合える仲になり、たまにお互いの国で、どちらかを誘ってお茶をすることもある。
今日は宝石の国での茶会だったがそこでのシェイドの開口一番がこれなのだ。
肩を落とすのは当然である。
「いや、俺の場合は、丁度こっちに来ていた人間から小耳に挟んだだけだ。
しかしまあ、従順なおまえが、よくあの王妃に反抗したもんだな」
「それは言わないでほしい……
あの後、母上の機嫌一週間くらい悪いままで……
口すらろくに聞いてもらえなかったんだからね」
「ま、いいんじゃないか。
お前も大人になったんだって、分かるきっかけになっただろう。
どうもここの王妃は子離れできてないようだからな」
そういうと、小さい頃から母親が病気がちで、独立心旺盛だった月の国の王子はお茶を飲んだ。
「そういえば、ファインとの交際、公表したんだね」
これ以上続けるとなんだかつっこまれるだけのような気がしたので、話題を変える。
するとシェイドはああ、と別段うろたえることもなく普通に頷く。
「……非公式には婚約したっていう話も聞いたんだけど、本当かい?」
これにはさすがに驚いたようで、げほっと咳がもれた。
「さすが、話が早いな……レインか」
いまいましそうに舌打ちをする姿はなんだか面白い。
あの二人はいがみあいつつも結局ファインがどちらも大切という点において一致しているあたり、仲がいいのだろう。
多分ファインがピンチになったときの結束力は最強に強いに違いない。
「……それで、君はどうするんだい?」
「何がだ」
「おひさまの国を継ぐのかどうか」
そういうと、シェイドはああ、と頷くと、頭の後ろに手を交差して、椅子にもたれかかった。
「……それは、決めかねてる。
確かに、月の国は女王制で、ミルキーが継ぐのはほぼ決定してるから、
俺は別段関わらなくてもいいんだが……
月の国で働きたいと思うところもある」
「君の夢は医者だったね」
「ああ。まあ、おひさまの国で王になっても、医者がやれないってことはないが、
月の国の方が薬草関係の文献も資料も豊富なんだ。
だからベストは月の国での活動だと思ってる」
「そうなると、おひさまの国ではあとはレインが残るのみで……
そのレインの相手が必然的に、後継者ってことになるね」
言いつつ、以前話した時のレインの顔が脳裏をよぎった。
『結婚はしないかもしれない』、そう言った時の、彼女の曖昧な笑顔が妙に頭から離れない。
そんなブライトをじっと凝視して、シェイドは口を開いた。
「そう、レインの相手が必然的に後継者になる。
……だから、結局、お前の出方次第なんだ。ブライト」
「え?」
「おひさまの国ではあの二人が後継者の資格を持ってる。
だから、どちらかがあの国を継がなければならない。
まあ、二人そろって他国に嫁に行くということはできなくはないが、
二人もいるんだ。それは許されないだろう。
だから、お前次第だと言っているんだ」
「ちょ……ちょっと待ってくれ」
慌ててカップをソーサーではなくテーブルに置いてしまい、ガタン、と鈍く響く音がした。
「……どういう、意味だい?
そこで、どうして僕が出てくるんだ」
ゆっくりと、相手の動向を探るように相手を見つめると、
シェイドも同じ瞳で見返してきた。
「わからないのか?」
「……ああ」
「じゃあ、聞くが、おまえはレインのこと、どう思ってる」
「どうって…妹みたいな友達だと……思ってる」
「……前にも言っていたな。
その気持ちは全く変わっていないのか」
「ああ」
即答するブライトをシェイドはじっと見つめ……
そして、はあ、と深く息をついた。
「……俺は、お節介ってことが嫌いだ。
お節介を焼く奴は嫌いじゃないが、自分が焼くのは性分じゃないから嫌いだ。
だが、今回はあえてそれをするぞ。
……お前は本当に、レインのことを好きじゃないと言い切るのか」
鋭い視線でシェイドはブライトを見た。
その目は獲物を捕捉した蛇のような光を宿していて、
とても逃れられそうになかった。
「だから……妹みたいな感じで……」
「そうじゃない」
シェイドの声は静かだったが、下手な怒鳴り声より威圧感があった。
「この際だからはっきり言ってやる。
俺は以前、レインがお前のことを恋愛として、好きかもしれないぞといった。
その時お前は違うと断言したな。
……だが、実際そうなんだよ。あいつはお前が好きだ。
ずっとずっと……それこそ10年前からずっとお前だけを好きでいるんだ」
……衝撃が、胸に落ちた。
『ただ、私は結婚しないかもしれないから、
私の相手が後継者ってことは一概に言えないと思うわ』
レインの声が、脳裏に蘇る。
『結婚するつもりはないって訳じゃないんですけど……
私には、好きな人がいるんです』
雷が、落ちたときのように、辺り一面が白一色に染まる。
何を聞いたのか、何が起こったのか、把握しきれない状況。
『……だけど、好きな人が、私を好きになってくれるのか、分からない。
だから、結婚しないかもしれない。それだけの話よ』
じゃあ、まさか彼女は、僕の目の前で、僕のことを話していたということなのか……?
頭から情報が溢れ出し、収集がつかなくなる。
しかし、そんな中でも、シェイドの声だけは、ブライトの中に轟き渡る。
「なあ、よく考えろ。
これが最後のチャンスだと思って考えろ。
お前は本当に、レインのことは妹みたいにしか思っていないのか?
好きじゃないのか?
前は、そうだったかもしれない、だけど、
もう、お前はそれを考えきれる歳だ。
……考えないといけない時期に来てるんだ。
分からないとは言わせない。……考えろ。
俺が言えるのはそこまでだ」
そういうとシェイドはじゃあな、とまるでエクリプス時代を髣髴とさせる言葉だけ残して、
それ以上、何も言わずに、その場を去った。
ブライトは動けずに、ただ、その場に佇む。
考えろ。
シェイドの言葉が、余韻を残して、ブライトの心で何度も何度もこだましていた。