「ブライト、今日は大事な話があるから、朝食が終わった後、玉座にいらっしゃい」
朝食の際、妙にうきうきとしたカメリア王妃が弾んだ声でいった。
はいと返事はしたはいいものの、ブライトは怪訝な顔をした。
用事なら、今この瞬間に言えばいいだけの話なのに、
わざわざ改まって玉座に行かなければならないのは一体何故だろう。
全く予想がつかないため、アルテッサを見ると、同じく怪訝な顔をしている。
父親のアーロン王を見ると、どこか気まずそうな顔をして何かをいいかけ……
そのまま諦めたように、持っていたフォークでレタスをつまんだ。
終始ウキウキとしたカメリア王妃だけが、異彩を放っていた。
〜第二幕〜 水泡
「……用事とは、なんでしょうか、母上」
ブライトは膝をついてから、ビロードが敷かれた階段の上にある玉座に向けて、顔をあげる。
家族とはいえど、この国を治める王と王子だ。子供であっても身分の区別はつけなければならない。
小さい子供時代ならまあいいのだが、20も過ぎて礼儀も尽くさないとなれば問題なので、
玉座に入る際は、たとえ私情でも、敬意を払う行動を心がけていた。
「用事とは、貴方の結婚相手のことです。ブライト」
何かを言おうとしたアーロンの言葉を遮って、カメリアが嬉しそうに宣言した。
あーあ……とアーロンは額に手をあてている。
そして、ブライトは……言われた事がよく飲み込めず、数秒間固まった。
「……すみません。もう一度お願いしてもよろしいですか?」
「だから、貴方の結婚相手のことですよ。ブライト」
やっとのことで告げた二の句は、マッハの速さで返された。
それでもポカンとしているのはしょうがない。当然といえば当然だろう。
まさか前置きもなく突然結婚相手という人生を左右する単語が簡単に出ては固まるのも無理は無い。
「だから……」
反応が鈍いブライトに、何か言いたげなカメリアを手で遮って、
アーロン王が口を開く。
「結婚相手、というより、お見合い相手、だ。
おまえももう20も半ばだ。そろそろ、そういう相手を考えてもいい頃合だと思って、
相談しようと思ったんだが……カメリアが早々にお見合い相手を見繕ってきてな。
会うだけ会ってみるのはどうだろうかという提案なんだ。
……もちろん、その気がなければ断っても……」
「いいえ、断るなんて許しません!ちゃーんと会って、話すのです!
話せば、あの子がとってもいい子というのが分かるから、
貴方も気に入るはずよ!」
アーロンの言葉を遮って、カメリアが高らかに宣言する。
ブライトはようやっと、内容を把握、理解した。
つまりは、見合いを勧められているのである。
そして、アーロンはさして強く思っていないが、カメリアは俄然ノリノリであるという事実だった。
ここはどうすべきか。
ブライトは頭をめぐらせる。
ブライトの答えはもちろんNOだ。
いきなり見合いをしろと言われて、はいそうですねと頷くほど自分がないわけではない。
ただ、今すぐに断るとカメリアの機嫌がもう、
それはそれは、破滅的に、オニのように、悪くなるのは明白だ。
ここはクッションを置かなければならない。
ブライトは思案をめぐらせ、慎重に言葉を選んだ。
「それで、相手はどんな方ですか?」
すると、カメリアの顔は輝くように綻んだ。
「第一工場長のお嬢さんよ。一人娘だそうなんだけど、
とっても気立てがよくて、気がきく方なんですから」
まるで自分の子供のように自慢する辺り、
なかなかにカメリアに気に入られているのだろう。
そういえば、流れ作業をしていた頃、1,2度、見かけたことがある。
確か父親と……そして、誰かにお弁当をもってきたというところだった。
一人娘なら、兄弟はいるはずがない……ならば多分、恋人だ。
恋人の有る無しを確認せずに話を持ってくるのは、カメリアなら十分ありえる。
ここは早々に断りを入れるしかない、とブライトは判断した。
「申し訳ありませんが……私自身、現在新たな企画の仕事を任されて、
そういうことは考えられない状況にあります。
よって、今回のお話はお断りさせていただきます」
あえて、ぴしゃりと断る方法を取った。
カメリアの機嫌は損ねるかもしれないが、やむを得ない。
すると、案の定カメリアの表情はみるみるうちに険しくなった。
「何故!?何故なの?
会ってみるだけでもいいじゃない!
何が気に入らないというの!?」
「いえ、ですから、私は今仕事の方で忙しいため……」
激しさを増しはじめるカメリアに、あくまでも冷静に返事をする。
しかし、次のカメリアの言葉に、計らずともブライトの思考は飛んだ。
「ああ、もしかして、あの子が原因かしら?
『ふしぎ星の中で最もプリンセスらしくないプリンセス』の片割れ!
貴方、結構あのこと一緒に外出することが多いんじゃなくて?
確かにふしぎ星を救ったことには感謝してるし、認めるけれど……
貴方の相手には相応しくありません!
あんなお行儀がなってない子、私は許しませ……」
普段なら、皆まで言わせてから、理論的に、しかし相手を立てつつ断るのが常だったし、
今回もそうするのが適切だったと思う。
しかし、思う前に、声が、出ていた。
「母上!!」
自分でも驚くほどの声量だった。
やめろ、冷静になれ、そう、心の内から声は聞こえてくるが、
怒りにたぎった気持ちはそのままの勢いで言葉を流れさせた
「僕に見合い話を勧めるのは全く構いません。
ですが、レインを……仮にも七つの国の、おひさまの国の姫を
貴方はどうしてけなすのですか!?
行儀がなってなかったのは随分と昔の話で、
今では彼女は立派なプリンセスです。
彼女を愚弄するのは筋違いです!」
そのまま、失礼しますといって、ろくに礼もしないまま、
マントを翻し、ブライトは玉座を後にした。
カメリアはショックのあまり、呆然としてその姿を見送り、
アーロンはほう、と顎に手をそえた。
最初こそ、怒り心頭していたものの、
歩いていく内に、しまった、という思いが強くなる。
そういえば、母親にこんなに強く反抗したのは初めてのことだ。
昔は、母に喜んでもらうために生きていたような自分だったのに、
いつの間に、反抗してしまうほどの自我を得たのだろう。
……そして、どうして、あそこまで怒ってしまったのだろう。
レインの顔が頭をよぎる。
なんだか、無性に彼女に会いたかった。
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