星を揺るがす事件から、10と数年。
子供だった各国のプリンス、プリンセスは自立の道を歩み、
国の代表としての風格を見せ始めた、そんな月日の、話。





明日への道
〜第一幕〜  変わらぬ日常






「それでは、今日の会議はこれで終了とさせていただきます」
議長の声が部屋に響くと、張り詰めていた空気がすっと和らいでいくのを感じた。
(これでひと段落か……)
それぞれに解散していく重役たちの背を見ながら、ブライトもほっと息をついた。
今日の会議はかなり難航した。
新しい工場を建てる計画や、橋をかける計画などが目白押しだったからだ。
新しくものを作るということには、多大な労力と金銭が費やされる。
予算を決めるところから、具体的に動き出すところまでの架け橋を作るのに、
予定よりも数時間もオーバーしたのは、至極当然のことかもしれない。
疲れないといえば、嘘になる。
しかし、それ以上に、充実感が体に満ち溢れていた。
ここ数年、それなりの規模の計画を任されることはあったが、今度は総括的な取りまとめの重役に抜擢された。
もともと、王政は世襲制とはいえ、
父親の意向からそれこそ工場の流れ作業という仕事から始めてきたのだ。
それだけに、今回の抜擢は本当に嬉しかった。
自分も、国のために役立てると認められた、それだけでこの大きな仕事も乗り越えられるような気持ちになる。
(我ながら、ゲンキンだけどね。)
自分に苦笑しつつ、廊下を歩いていると、ふいに開けたところから、話し声が聞こえてきた。
何だろうと思って、ひょいと見てみると、
ガラスの窓越しに見えたのは、プリンセスたちだった。
もうお茶会も終盤らしく、皿の中身がだいたい空になっているのが見て取れた。
(ああ、そういえば、今日はファインとレインが来るっていってたな)
昨日、アルテッサに言われた言葉が頭を過ぎる。
「時間があれば、お兄様もぜひいらしてくださいね」
そう言われたのだけれど、会議も長引いてしまって、もう片付けのみとなっているお茶会に
顔を出すにはちょっと気が引ける。
どうしようかと悩んでいると、こちらに気づいたらしいアルテッサがドアを開けて声をかけてきた。
相変わらずの豊かな髪の毛はそのままに、すらりと成長した姿は、兄の目から見ても綺麗だと思った。
「まあ、お兄様。今会議終わられたんですの?」
「うん。ちょっと長引いてしまった……ごめん。せっかく誘ってくれたお茶会には出られなくて
 もう終わるんだろう?」
「いいんですのよ。お仕事なら仕方ありませんもの。
 お茶会はもうお開きにしようと思ったんですけれど……
 折角お兄様がいらしたんですから、少し延長しますわ。
 お二方とも、異論はないですわよね?」
「ええ」
「もっちろん!」
1も2もなく承諾した二人は、以前からふたごといえど、別々の雰囲気を持っていたが、
更にそれが濃くなった感じで、レインは少々しとやかに、
ファインは元気を更に二倍増ししたようになっている。
子供だとばかり思っていた二人は、背も伸びて、立派なプリンセスになっていた。
ここのところ「最もプリンセスらしくないプリンセス」という定例文句が聞かれなくなってきているところからしても、成長した姿が窺がえる。
それがなんとなく寂しいような、嬉しいような、フクザツな気持ちなのは、ずっと見守ってきた年上の感慨なのだろうか。
「二人とも、また暫く見ない間に綺麗になったね」
思ったことを率直に言うと、レインは微笑を浮かべて、ありがとうございます、といったのに対し、
ファインはそっかなー?と疑問顔だ。
「なんていうか、そういうところ昔っから変わんないよねーブライトって」
「そういうところって?」
「さらっとキザ系の台詞いうところ」
「そうかな……別に、僕としては、普通に思ったことを言ってるだけだけど……」
「それがお兄様の良さなのですわ。
 あんまり気の利いた台詞がいえないシェイド様とは格が違いますのよ。格が」
アルテッサが特性のお茶をこしらえて、話に入って来た。
ありがとうといって受け取ると、ファインがあからさまに抗議する表情をみせた。
「……でもシェイドはちゃんと優しいよ」
「あーハイハイ。それはあなただけの特別だから。
 ノロケにしか聞こえませんわ。全く。
 さ、お兄様のためのお菓子を取りにいきますわよ。
 ついでに貴方も食べるんでしょうから、一緒に来てください」
「うわわわ、み、耳ひっぱんないでよー」
二人はそういうと騒々しくドアから出て行った。
「……僕に言わせれば、ああいう二人の関係こそ、昔から全然変わらないような気がするよ」
「ふふ、そうね」
残された二人で顔を見合わせて笑った。


「……お仕事、お疲れ様でした。今日の、会議はどうでした?」
しばらくの沈黙の後、向かいに座っていたレインが口を開いた。
「ありがとう。
 今日は、国の重大会議だったんだけど、
 そこで、今度、計画の総括的な取りまとめ役になったんだ」
「うわあ凄い!夢がかなったのね!」
「うん。10年でやっとだから、……本当に嬉しいよ。
 これから今までより忙しくなりそうだけど……
 なんとかしたいし、できるって思えるんだ」
そういうと、目を輝かせて一緒に喜んでくれていたレインは表情を曇らせた。
「忙しいって事は……じゃあ、またあんまり会えなくなるのね」
「うん……だけど、ちゃんと休みの時は休みを取るから。
 その時は、連絡するよ」
「よかった」
曇った表情が明るく変わる。
ブライトはほっと一息入れて、アルテッサが入れたお茶を飲んだ。

別段、ブライトとレインは恋人関係でもなんでもない。
けれど、各国プリンセス、プリンスが自国の主な政治に関わり始めると、
自然と全員で集まる、ということはなくなり、
自国の兄弟とは別に、個々に小さな集まりが出来て、
そのグループごとに会うことがいつのまにか定着していた。
それはアルテッサとアウラーのように恋人同士であることもあるし、
リオーネとミルロのように友達同士のこともある。
二人組という決まりはなかったが、自然と二人組が多いのも特徴だった。
その相手が、ブライトの場合はレインというわけだ。

「……そういえば、ファインとシェイドは交際を公開したんだってね」
思い出した最近の話題を口にすると、レインはあまり面白くなさそうな顔で、ええ、と頷いた
「まさかここに来て公表なんて……ファインによると、
 もう実は非公式に婚約宣言までしちゃったそうです。
 ああ、あんな奴にファインが取られるなんて……っ!!」
ワナワナと今ここにシェイドがいたら殴りかからんばかりの勢いで
怒りを露にしたレインは、しかし、すぐに拳をひっこめて、ふうとため息をついた。
「……でもファインがすっごく幸せそうだから、許すしかないのよね……。
 ああ、ほんとは一発ならず二、三発殴ってやりたいんだけど……」
相変わらず、しとやかそうにして、中身は男前だ。
ブライトは笑うと、ティーカップをソーサーに置いた。
「じゃあ、そうなると、レインの相手がおひさまの国の後継者になるのかい?
 まあ、確かに月の国は女王が後継者だから、
 シェイドがおひさまの国の時期王ってこともなりえそうだけど……」
すると、彼女は曖昧な笑顔を作っていった。
「さあ……そこまでは。
 ただ、私は結婚しないかもしれないから、
私の相手が後継者ってことは一概に言えないと思うわ
……だから、本当はシェイドがなってくれたほうが手っ取り早いといえば、
 手っ取り早いと思うけど」
「え……」
レインの言葉に、驚いて、まじまじと顔を見る。
「結婚、するつもりはないのかい?」
昔、レインに結婚願望を聞いたのなら、勢いよく手を挙げていただろう。
それなのに、今この瞬間ではまるで正反対の反応を示している。
どういう心境の変化だろう。驚きのあまり語尾が強く上がるが、
レインは意に返した様子も無く、ただ微笑した。
「結婚するつもりはないって訳じゃないんですけど……
 私には、好きな人がいるんです」
睫毛を伏せて、そういった彼女の表情は読み取れない。
「それじゃあ」
「……だけど、好きな人が、私を好きになってくれるのか、分からない。
 だから、結婚しないかもしれない。それだけの話です」
別に大したことではない、といった口ぶりで話し終えた彼女の表情は
笑顔だけれど、どこか悲しそうで、何故か胸が疼いた。
思わず、声をかけようとした瞬間……
どさどさどさっという盛大な音が聞こえた。
音のする方向には、こけたファインとそこにバラまかれたクッキーの数々。
「もーアルテッサ押さないでっていったでしょー!」
「貴方がもうちょっとしっかり隠れないからこうなったんでしょう!?」
やいのやいのと言い合う二人に、何事かとメイドたちが集まり始めている。
「……とりあえず、二人とも、中に入ってきたら?」
はーと深くため息をついたレインが間に挟まるまで、彼女達は気づかずに口論していた。


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