廊下に出て、暫くはどちらとも会話もなく、ただもくもくと歩いていた。
やがて階段にさしかかったところで、彼はぴたりと立ち止まって……
そして、ゆっくりと向かい合うように、こちらに体を向けた。
「……ごめん、僕は何か、君が気に触るようなことをしたかな?」
「え?」
予想だにしなかった言葉に、文字通り言葉に詰まる。
すると、彼はじっとその赤い瞳で見つめてきた。
「……今朝から、僕を避けてるみたいだったから……
何か、悪いことでもしたんだろうと思って……。
けど、情けないけど、僕は何をしたのかがわからないんだ。
だから、何をしたのか、教えてほしい。君に謝りたいから」
真剣な眼差しに、思わず言葉を失った。
確かにいつもと違った行動をしていたのには違いないけれど、
不自然でないように気を払い、取り繕っていたことには変わらないのに。
その些細な行動の差異を見逃さずにいて、
しかもそれが自分のせいだと思っているなんて。
「ち、違いますっ。ブライト様のせいじゃないわ!」
思わずありったけの声で否定する。
反動で、長い髪が体と反対方向へと跳ね上がる気配がした。
予想外の反応に、驚いている彼との間に、一拍の間があいた。
「……私……夢を、見たんです」
言おうか言うまいか迷った。
しかし、これを言わない限り、自分がした行動の理由が分からない。
だから、意を決して、口を開いた。
「ブライト様が、闇に染まった時の夢……
その夢がとってもリアルだったから……思い出しちゃってあんなこと……。
ごめんなさい。」
彼の瞳が怖くて見れずに、俯いた頭を更に深く下げて謝る。
すると、そっか、僕が……と呟いた声とともに、
彼の手が徐にあげられる気配がした。
瞬時に、夢の彼がした、髪をなでながら殴るような衝撃が思い出されて、すくんでしまった。
「……ごめんね」
しかし、現実の彼の手はそっとそっと、気遣われた強さで頭にのせられ、
そのままゆっくりと優しく頭をなでる感触に変わった。
思わず顔をあげると、
彼の瞳が、すまなそうにしつつも、優しげな光を宿しているのが見えた。
「……ごめんね。怖い思いをさせちゃったね」
まるで、自分が今、してしまった行動を詫びるように謝る彼に、
レインはすぐさま首をふる。
「……違うわ。私が、勝手に、怖い夢を見ただけ。
だから、ブライト様が謝ることなんて……」
続きが紡がれる前に、頭をなでていた手が、一指し指に変わり、唇の前にあてがわれる。
その続きを、差し止めるように。
「いや、僕が、してしまったことだよ。
僕が闇に染まらなければ、君はそんな夢を見なくてすんだんだから。
それにあれは……」
彼はそこで言葉を切り……しばらくの間のあと、
はっきりとレインの顔を見つめて、言った。
「あの闇に染まった僕も『僕』だから」
言い切った瞳にはゆるぎがなかった。
←Back Next→