最終章 願い
             
      執筆者:はにょ

アルシルから渡された紙を、ジョシュアはそっと閉まった。
そこには、魔法アカデミーに調べさせた、魔力集中の分布図が載っていた。
普通ならば、これはエステロミア城が最大値を示し、あとは各地に分散しているのだが、
妙に大きな数字を示しているところがあった。
黒王没後、このような状況は見られなかったとアカデミーの者は訝しげにしていたとジュランは
言っていたが、それが現実にあるわけで、
これはゴールデンフォックスとの関連性が充分にあるとの見方を視野に入れていかなければならなかった。
あれから、既に7日が経過していた。早く手を打たなければならない状況にあった。
「アルシル、敵は何を動機に古い武器ばかり狙っていると思う?」
傭兵団の武器庫で、ジョシュアはぽつりとアルシルに聞いた。
アルシルはジョシュアの方を向かないでそのまま団長からの指令どおりに武器を選んでいる。
彼女の手にあるのはミラージュという剣だった。これを使う者は不思議と攻撃を受ける回数が
減るのだ。恐らく団長は得体の知れない相手、というのを考慮してこれを選んだのだろう。
「さぁ…。それは私にも分からないわ。現物を持ち出さず、その物質を構成しているもの…と、
言ったかしら? そんな実体のないものを盗んでいくなんて、
よほど骨董的価値には興味がないのね」
ジョシュアはその答えに聊か不満であった。首を若干傾げて、自分も剣を手に取った。
「いや、でも…、現物に興味がなくても、骨董的価値に興味がないわけじゃないと思うよ」
「ただ、売る気はないということかしら?」
「それもわからない。ただ、この前のミロードやジュランの話でわかったことっていうのは、
犯人がある程度戦略性を持っているかもしれないってことかな…」
ディトネイターという剣を手に取った。これは刀身がない。
刀身は、剣の秘めた魔力でかたちどられるのだ。
団長は「実体」のないものをぶつけたらどうなるかということを考えたのだろうか。
「戦略性かぁ」
セイニーがやってきた。彼女の手にはマスターフィスト。性能の高い格闘武具である。
「確かに、もし、ゴールデンフォックスの中に行方不明の兵士が混ざっているとしたらー、
 窃盗団がくるぞーっていうことをエサに、兵士を仲間にしちゃって、規模を拡大しているって
 ことだもんねー」
「あくまでこれは確実な情報ではないけれど、充分に考えられることよね」
アルシルの言葉を聞きながら、ジョシュアは視線を床に落とした。
今回の事件は、未だに謎が多すぎる。
一体、何故古い武具を狙うのか、ただ魔力が欲しいだけなのか。
それとも他に狙いがあるのではないだろうか。
セイニーの言うとおり、規模の拡大が目的だとしたら、
規模を拡大して何をやらかそうとしているのか。
いずれにしても王国にとって大きな脅威であることに変わりはない。
ただそれがともすれば王座をも揺るがしかねない勢力である可能性があるのだ。

そして、何故、一般人の中で、あの老人だけが亡くなったのか。

いや、なくなったかどうかも、ミロードの話を聞いて分からなくなってきた。
もしかしたらあの老人もゴールデンフォックスの組織の中に組み込まれてしまったのかもしれない。
しかし、どちらにしても、あの老人だけがゴールデンフォックスの手が及んだということが
どうにも釈然としないのだった。
あの日、あの店が爆破されたのは、どう考えても何かを盗むよりは誰かを殺すためだった
ようにしか思えない。
あの老人の家宝を盗むだけであれば、今まで一般人を殺めることのなかった
ゴールデンフォックスがあのように大きな爆発を起こすはずがない。
「準備できたわよー? そっちはどう?」
ティティスがスターダストという小刀を手にこちらへやってきた。
スターダストは一見、並みの剣である。さして威力もない。
ただ、そこには秘められた力がある。
彼女はすぐにジョシュアの様子がおかしいことに気がついた。
「どうかしたの?」
彼女の問いかけに、ジョシュアは一呼吸置いてから口を開いた。
「いや、その…あの、あのときのご老人なんだけどさ、僕気を失っていたから、
どうだったのかなって…」
「…あたしが見たときは、もう全然動かなかったの。出血が酷かったから、その所為で
 失神したのよ。一応、薬で治療してみたんだけれど、それは傷口を塞ぐ程度しかならなくて…
 すぐにその辺にいた人に病院への搬送を依頼したわ…でも…亡くなっちゃうなんて…」
悲しそうに目を伏せた。
ジョシュアはかける言葉がなかった。
彼の内側で、何かが騒いでいる。
それと共に、あの老人の言葉が蘇ってくるのだ。

「・・・取り返して・・・くれ・・・奴らに・・・盗賊に・・・剣を奪われた・・・
昔から・・・代々私の家に伝わる・・・剣・・・だ・・・
私の・・・ことはいい・・・だから・・・早く・・・あの・・・
黄色い服を来た・・・盗賊から・・・剣・・・を・・・・・・・・・・・」

「ジョシュア…」
アルシルの凍るように冷たい声ではっとした。
「……今から辞退しても構わないのよ」
「な、なぜだい?」
ティティスもセイニーもこちらをみている。
「目が…赤いよー?」
どきっとした。
今考えていたことはなんだっただろう?
自分はただ、あの老人の言葉を思い出していただけだったのに。
「だ、大丈夫だよ」
「そう? 任務に支障はないかしら?」
「うん」
寧ろ、この言葉がこの事件に関連した謎を解き明かす鍵なのではないかと
ジョシュアは感じるようになっていた。だからこそ、どんな結末を迎えても、
自分は行くべきなのだ。



その頃、時間を持て余している男がいた。
ゴロゴロゴロゴロ…。
相手は、盗賊。
対人戦闘だったら、任せてくれと言いたい所だが、
今回の件は対人でありながら、一度も調査に派遣してもらえてない御仁がいた。
「はい、いじけないいじけない」
「いじけてなんかねぇ」
ミロードに背中をばしっと叩かれて、ガレスは起き上がった。
談話室には待機中の傭兵が集まっていた。
誰もが今回の件について気が気でないようだった。
一応、鍛錬に出かけた者もいるが、気持ちを落ち着けようとして、
ここに残ったものもいる。…彼の場合は落ち着けていないようだが。
「俺だって戦いたくて戦士になったわけじゃねぇよ」
「ほほう、そのこころは?」
バルドウィンが呪文書から少しだけ目を離して、ちらりとガレスを見た。
「言わんでも、分かってるだろうが」
ガレスがそのまま不貞寝しようとする。
その場にいた傭兵は誰もが少し微笑んだ。
それと同時に、それぞれ思うところがあるのか、ふとその表情に陰を落とした。
「今回は、盗賊、というより魔術師を相手にすると考えたほうがいいでしょう。
 只単に人間を相手にすると考えるにはあまりにも危険な相手過ぎますね」
ジュランはそういって、ミロードになにやら文字資料を手渡した。
びっしりと文章が書き連ねてある。
「へぇ、これがその怪しげな術が書かれた禁文書…」
「の、写しです。少々癪ですが、魔法アカデミーに頭を下げて借りてきました。
 しかし、こんな危険な術の文書をよく貸してくれたものです。
 それだけ魔法アカデミーの我々に対する信頼性が上がったと言うことでしょうか?
 大して嬉しくないですけれどね」
毒づいて、ジュランは椅子に腰掛けた。
黒猫がジュランの足に擦り寄ってくる。
「で、その文献に対する評価はどうなの? 調べてあるんでしょう?」
ミロードはジュランに問うた。彼は眼鏡の奥の赤い眼を知的に光らせた。
「この論文が発表されたのは30年ほど前。ですが、実際に術の理論が構築されたのは
 50年ほど前になるようですね。魔法アカデミーの方々に話を聞けば、当時この理論はかなり
 叩かれたようですよ」
それを聞いて、ガレスが急に起き上がった。
「まあ、わからなくはねぇな。そんな術開発しても、何の足しにもならねぇだろ。
内容のない物体なんて、面白みもくそもねぇ。魂あってこそ、評価されるのが
物質ってぇのじゃねぇのか?」
「物体に魂があったら恐くないか?」
「別にその物体自体の意思があるとかないとかそういう話じゃねぇよ。
兎に角実体のねぇ物体なんてものは、魂が入ってないのと同じだって言ってんだ」
バルドウィンのいじりにガレスはまたむきになって答えるが、
その様子を笑う者はいなかった。
「な、なんだよ…」
周りが何も言わず、ただ何かびっくりしたような様子でいるので、ガレスは気味悪く思った。
「話が核心に近づいてきたようですね」
ジュランは紅茶を一口飲んだ。


「ここだね…」
「ここって…」
ジョシュアが魔法アカデミーからの資料を見て、立ち止まった。
ティティスはびっくりするしかなかった。
同じ街。
あの日、爆破された店の跡からほんの少ししか離れていない家。
黒い剣の山のあった家からも僅かしか離れていない。
ゴールデンフォックスの基地はまさしくここだったのだ。
セイニーはあたりを見回していった。
「ふーん、つまり、はなっからジョシュアとティティスは敵の陣地の中に
 知らず知らずのうちにいたってわけかー」
ぴりっと空気が張り詰めた。
「行くわよ」
アルシルがそっとドアノブに手をかけた。

ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ…

ドアが軋んだ。
中をそっと覗くと、誰もいない。
普通の家だ。
中央にテーブル、端っこにベッド。
棚がその脇にあって、あとは奥の方に裏口があるようだ。
「誰も、いないわね」
ティティスが静かに言った。
だが、全員警戒態勢のままだ。
確かに、魔法アカデミーから貰った資料にはここに印がつけてある。
だとすれば、この家に必ず秘密が隠されているはずなのである。
「魔力の反応はまさしくここに集中しているの。何もないはずがないわ」
アルシルが警戒しながら周りをぐるりと見渡す。
ジョシュアは裏口のドアを開けてみたが、ただ裏庭が広がっているだけだ。
ついでに外も見回してみたが、何の変哲もない。
異様なものを感じ、ジョシュアはドアを閉めた。
「そうだねー。きっと何か仕掛けが…」
そう言いかけたセイニーが足を止めた。
ついでに視線もあるところに釘付けである。
すたすたすたとそちらに近づく。
ベッドの横。棚との間。
セイニーは棚を動かして、ベッドと棚の間を覗き込んだ。
「んー? これなんだろー?」
「なになに?」
ティティスもそこを覗く。
小さな石がはめ込まれている。深い緑色の石だ。
「この部屋と関係があるのかしら。魔力がありそうな石だわ」
「何の石だろう?」
ジョシュアにも検討がつかない。
この手のものはジュランやミロードの方がよく知っている。
「んー…」
セイニーは石に指を伸ばしてくいっと押した。
ガコ。
「え」
急にその下の床が開いた。
そこには赤い石がはめ込まれていた。
「…ま、まさか、ただのスイッチ…?」
恐る恐る、セイニーは赤い石を押した。

ブィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン…!

何か音がした。
「何だろう、今の音は…」
部屋には特に変わった様子はない。
取り敢えず、石を押したことによって何かが起きたのである。
ジョシュアは裏口をそっと開けた。
「!」
すぐに閉めた。
そしてもう一度ゆっくり小さくドアを開けた。
細いすきまから外界を見る。
暗かった。
さっきは緑豊かな庭が広がっていたのに。
石畳がずっと続いている。屋内のようだった。
青白い光がほんの少し道を照らしている。
「…ランタン、あるかい?」
「え? ランタン? どうしたのー? なんかあったのー?」
セイニーもそっとドアの向こうを見た。
「えーっ なんでー? なにこれー? さっきと全然違うよー?」
セイニーが騒いだのでアルシルとティティスもドアから外を覗く。
「…どうやら、さっきのスイッチは空間転移の魔法が発動するように仕掛けられていたようね」
そういってアルシルがランタンを取り出した。
「? なんでもっているの?」
「昼間の任務とはいえ、こんなこともあろうかと」
ふっとアルシルが笑った。
だがすぐにその顔は厳しいものへと変わる。
「いくわよ」
足を踏み出す。石畳がずっと奥の部屋まで続いている。
「気味が悪いところね」
ティティスの言うとおりだった。薄暗い青白い光がぽつんぽつんとあるだけのところなのだ。
石畳の廊下の脇には剣が積み上げられている。
そこに存在しない刀身。光に透けた姿は幻想的であるが、不気味さが漂っていた。
それはただただ静かに横たわっている。


カタッ
右前方から音がした。
「ウインドカッター!!」
ティティスは迷わず小剣を振った。
「来たわね」
アルシルも剣を持って走り出す。
「ぎゃっ」
短い悲鳴。ティティスの放った衝撃波が当たったのだ。
セイニーが後ろから援護をかける。
「バスターショット!!」
「はああああああああああああああああああっ!!」
セイニーの攻撃に除ける敵をアルシルは逃がさなかった。
突剣を素早く突き刺し、相手に避ける隙を与えない。
その横。
ジョシュアが盾で防御をしながら剣を構えて突進する…!!
ガキィッ!!
鈍い音。
ジョシュアは薄暗い中で目を凝らした。
剣と剣が重なり合ったのだ。
すぐに地面を蹴って後方へ戻る。
「エアブレイド!!」
ティティスが援護の為に放ったかまいたちがひゅっと敵に向かって飛んでいく。
「…やっぱり噂は本当だったようね」
小さな声でアルシルは呟いた。
「がああああああああっ!!」
ドォンッ!!
命中。
「そこまで」
駆け出そうとしたセイニーをアルシルが制した。
ランタンを翳す。
倒れているのは、魔獣や盗賊ではない。
よく見慣れた鎧、胸の紋章。
「エステロミアの兵だわ」
「ミロードの言ったとおりってことか」
ジョシュアはミロードの言葉を思い出した。恐らく、ゴールデンフォックスの討伐に
行った兵はやつらに捕まり、このように利用されていたのだ。
「来る…!」
4人は瞬時に地面を蹴った。

ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン…!!

爆発。
傭兵達はそこに伏せる。
熱風が小さな空間に渦巻く。
あまりの熱さに顔が腫れるように感じる。
「くっ」
剣をついてジョシュアは立ち上がる。
前方からだった。人影をじっと見た。
そして、目を疑った。
そこにいたのは、同じく、エステロミア兵だったからだ。
「…なんで一介の兵士がこんな魔法を…!?」
アルシルがそういい終わるか終わらないかのうちに、

ヒュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

「きゃあああああああああああああああああああああっ!!」
「アルシル!!」
竜巻が巻き起こった。
アルシルの体が宙に浮く。
「あっ…!」
そしてそのまま天井に叩きつけられる!!
「危ない!!」
地面に落ちそうになるのをセイニーが助ける。
「メテオライト!!」
ティティスはその間を突いて、小剣:スターダストを振った。

ドゴォンドゴォンドゴォォォン…!!!

巨大な隕石の嵐が相手を襲う…!
「アルシル!」
相手方が動かないのを確認してティティスがアルシルのところに駆け寄った。
「大丈夫? アルシル?」
既にセイニーが回復薬を飲ませている。
命に別状はないようだが、ひやっとした。
「ごめんなさい。隙を見せてしまったようね」
「しかし何故、相手はこんな魔法を…」
「教えてやろう」
びくっとした。
一瞬でジョシュアは動けなくなった。
足音が聞える。
辺りが暗くて、雰囲気が不気味で、
相手がいかにも今回の事件のことをよく知った人物であると分かったからではない。
ジョシュアは今自分が思ったことが嘘であってほしいと願った。
だから、現実に目を向けるのが恐くなったのだ。
見たくなかったし、信じたくなかった。
それは、ティティスも同じだっただろう。
「…また会いましたね」
背筋をぴんと張った、白髪の老人。
「お、おじいさん!? 無事だったの!?」
現れたのは、亡くなった筈のあの喫茶店の老人だった。
見間違いではない。
確かに、服装は喫茶店で会った時とは違っていて、
紋章が前の方に記されたガウンを羽織っている。
ティティスの表情には嬉しさというものが見られなかった。
信じられないといった驚愕の表情の方が寧ろ強く現れた。
白髪の老人は、ティティスを見て、にやっと笑った。
そこに前のような優しげな瞳はない。もっと残忍な目をしていた。
「お嬢さん、私は、君の知っているようなおじいさんではないのですよ」
老人は低く笑った。
「ようこそ、傭兵団の皆さん、盗賊団ゴールデンフォックスのアジトへ…!」
「!」
老人の後ろから、黄色のベストを身につけた集団が現れた。
皆、生気のない表情をして此方を見ている。
「ど、どういうこと…!?」



「これはあくまで私の推測です」
ジュランはティーカップを置いた。
「ですが、ありえなくはないと思いませんか?」
「つまり、同じ術を剣だけじゃなくって、人間にも使っていたってこと?」
考えるようにしてミロードが言う。
「当然許されるべきことではありませんけれどね」
「どういうことだ、もう一度分かりやすく説明してくれ」
ガレスは眉間に皺を寄せた。先ほどゴロゴロとその辺を転がっていたので
髪がはねたままであるが、今はそんなことよりもジュランの仮説を理解するのに精一杯だ。
「恐らく彼らの使っている術というのが、文献にあった、物体の内容、構築している力を
吸収してしまう術だと思われる、と言う話はいいですね」
「そこまでは分かる、だが、そんなのを人間に使ったら、剣と同じようにその、
姿形そっくりの黒い塊とやらになっちまうんじゃねぇのか?」
「つまりそれでただの人形のようになってしまうということですよね」
ガレスは言われて少し考えた。
「…操り人形」
「正解」
一瞬ふっとジュランが笑うが、すぐに真顔に戻った。
「中身のない物体となったものに魔力を付与し、操っているのではないか、そう思うのですよ。
 あまり黒く見えないのはその魔力を応用してなんらかの手を打っているのでしょう。
 そのままだと不審がられますからね」
「なるほどねぇ…でも、もしそうだとしたら、
別にわざわざ中身を吸い取る必要はないんじゃないの?
それだけの力がある人物だとしたら、そんな回りくどいことしないで直接人を操って…」
「そこですよ」
ミロードの言葉をジュランは遮った。
「そうであれば、何故わざわざこの術を使うのか、
そこに今回の事件の犯人像が見られるのです」
「あ?」
「彼にはこの術をわざわざ使わなければならない理由があったのですよ」



「やぁ、彼らを操るには、ちょっとの魔力だけだと、威力が半減してしまうのでね…だから、
 ゴールデンフォックスは高度の魔法しか使わないのですよ、
いや、使えない、といった方が適切かもしれんな?」
老人は笑っていた。
黄色いベストを身に付けた、表情すら浮かべない人々はじりじりと間合いを詰めて来る。
囲まれた。
もしこの老人が言っているのが本当であれば、恐らく、彼が一声掛ければ
一斉に高度魔法が炸裂するだろう。
「何故、こんなことを?」
アルシルが剣を構えたまま言った。
「…報復するためよ」
「報復?」
ティティスが聞き返すと、老人は冷たい目をしながら言った。
「私は、争いの絶えないこの国で何千何万の兵が犠牲になるのを防ぐには、
どうしたらいいかとずっと考えていたのですよ。だからこの術を編み出したわけです。
理論の完成は今から50年前。更に20年研究を進めてやっと完成したのです。
兵士の代わりに人形を作らせ、その中身を取り出して、
そこに魔力を付与すれば、操ることが出来る。しかも術師の力は
比較的少なくて済む。だから、操る側の心次第で、人形の兵士に強大な魔法をも打たせる
ことができる…。だが、アカデミーの奴らは私の編み出したこの術をあれこれとけなした!!
今の平和な世の中では役に立たんだの、犯罪を助長させるだけだの、散々に言われたわ!!
終いには私は犯罪者に仕立て上げられそうになった。
私は嫌になってそれからアカデミーから去った。…だが」
ふっと老人が顔を上げた。
「黄泉の黒王、オドモックが蘇った。沢山人が亡くなったよ。
民間人は日々魔物に怯えて暮らし、 薬すらまともに手に入らないと言うのに、アカデミーのやつらがふんぞり返っていると思うと憎らしくてたまらなかった」
否定する言葉なんてない。民間の人々が犠牲になっていくのは、
その目で見てきた。そして、権威を笠に着てのさばっているアカデミーの魔術師のことも
傭兵団は知っている。
「オドモックが封印されてよかったよかった、そんなのは権力ある者が言う言葉だ! 民間人は
 今も尚、残った魔物に怯え、北方では帝国の動きに常に警戒をしていなきゃならん状況だ。
 実態も目に見ず、机上の空論ばかり並べおって
…そんな連中の存在を許しているこの国も国だ!!」
ぎっと、老人は傭兵団を睨み付けた。
そんなことを思いながら、この老人はあの時ジョシュアとティティスに話しかけていたのかと
思うと、どきっとする。
「だから私は…ごみのようにけなされたこの術を使って、この国を変えてやろうと思ったのだ!
 多くの兵士を操るには相当の魔力が必要だから、まずは魔力を秘めた古い武器の中身の回収から 始めたんだが…これが順調でな…。
証明してやるわ、この術の素晴らしさをな」
にやっとまた老人は笑った。愉快そうにくっくっくと喉も鳴らした。
目に映る彼の姿は異様だった。どこからどうみても犯罪者のようにしか感じられなかった。
「…争いの絶えないエステロミアをよくしようと思ったのに、
なんでまた争いを起こそうとするの!?
 おじいさん、今あなたがやっていること、本当に正しいの!?」
ティティスが顔を真っ赤にして巻くし立てた。
「それは支配者側の論理だ! 私は、もう誰に犯罪者と呼ばれようが構わない!!
 革命を起こそうとする者を支配者は必ず犯罪者というレッテルを貼るものだ。
 私は引き下がらんぞ!! 国家がこの故郷をつぶす前に私がこの術を使って
 守ってみせる!!」
老人は素早く印を結んだ!!

キィィィィィィィィィィィィィィン!!!

「うがぁぁっ…あうっ…うぐぅっ…!!」
耳鳴りがした。
「ジョシュア!?」
急にジョシュアが呻きだした。
苦しそうに頭を抑えている。
「どうしたの!? 大丈夫!?」
「まさか…」
アルシルは、ジョシュアに掛けられていた呪いのことを思い出した。
あの時感じたものは微々たる量だった。だが、あれはシャロットに診てもらったはずだ。
完全には取り除けなかったということなのか。
「傭兵の君にこの前術を掛けさせてもらったよ。君たちは本当に高い戦闘能力を持っている…
 エステロミアを守るために私の腕になってほしいのじゃ」
ジョシュアの脳裏に老人の声がこだまする。
しきりに彼の闘争本能を煽るのだ。
だから老人のことを思い出す度に周りが見えなくなったのだ。
彼が、ジョシュアを操ろうとしていたから…。
「やめなさいっ!!」
アルシルが攻撃しようとすると、老人はまた笑った。
「それは此方の台詞だ。私を攻撃しようものなら、君の体はバラバラになるよ」
黄色いベストを来た操り人形達が4人を取り囲んでいるのだ。
逃げ道など、ない。
「うぐぅぁ…っ ぁ…っ」
「やめてよ、おじいさん!!」
「何故止めるんだい? お嬢ちゃん。君たちは、戦いたいから、この国を守りたいから
 傭兵団として戦っているのではないんじゃないか!? 権力に従ってばかりでは
 未来は見えてこないぞ!!!」


本当だろうか?
どうして自分は傭兵団にいるのだろう?
戦いたいから?
何故?
守りたいから?
この国を?
それだけ?
それだけなんだろうか?
守りたくても、守れないものがあることは分かっている。
それでも守りたいのはどうして?
わからない。
僕達が本当に守りたいのはなんだろう?


「そんなの簡単よ」
凛とティティスの声が響いた。
「ずっとみんなと一緒に楽しく幸せに暮らしていきたいからに決まってるじゃない」
「!?」
一瞬、老人は驚いた表情を浮かべた。
戸惑っている。

「あたしが傭兵団にいるのは、それだけよ。
守りたいものもある。そのために戦いたいって思う。
でもそれ以上に、みんなと一緒にいたいの。一緒に幸せに楽しい時間を過ごしていたいの。
それはエルフだって人間だって同じだと思うわ。この国に暮らす人々のそんな時間を少しでも
守れるんだったら、あたしは戦うわ。相手がどんな敵でも」

ティティスが小剣を老人に向けた。
「私と戦うと言うのか?」
「だってあなたは、兵士が沢山犠牲になるのを防ぎたいとか言って新しい術を考えたり、
民間人を救いたいとか言ってるけれど、結局は沢山の兵士を殺し、剣を強奪して、
民間の人たちを恐怖に陥れてるじゃない! 残念だけど、あたしが戦う理由にあなたの
考えは反しているわ!」
「じゃあ、敵が君が一緒にいたい人でも戦うんだね」
「がぁあああああああっ!!」
ジョシュアが声にならない声を上げた。
老人が術を強めたのだ。
ひゅんっ!!
何かが老人の手を掠った。
「うっ」
手から鮮血が迸る。
「残念ね…一緒にいたい人は、戦うのではなくて、守るものよ!!」
アルシルが肉薄した!!
「ちぃっ」
老人はまた素早く印を結ぼうとする。
「メテオライト!!」
それより早く、ティティスの全体攻撃魔法が発動した!!
4人を取り囲んでいたゴールデンフォックスの兵士達が倒れる。
「パワースラッシュ!!!」
アルシルが老人に突き攻撃を繰り出す!!
「リカバリー」
精神的に攻撃を受けたジョシュアをセイニーが回復する。
血色が悪くなっていた彼だが、少し顔色がよくなった。
「ごめん、ありがとう」
ジョシュアはすぐに剣を手に取った。
もう迷いはない。
老人の気持ちは分からないわけではない。
でも彼のやっていることは、多くの人の幸せの時を奪っているのだ。
守れないものもあるかもしれない。それは分かっている。
だけど、それを知って守ろうとしないのは、
誰もが願っている幸福の時間を自ら放棄することに等しい…!

「スパークセイバー!!!」

魔力によってかたちどられた刀身から雷光が発せられる!!
「ぐああああっ!!!」
老人の顔が苦痛に歪む。
「お、おのれぇ…」
「アイスボール!!」
老人が印を結ぶ前にティティスが攻撃する!
「アストラルマスター!!」
「ダムド!!」
詠唱はアルシルの方が早かった。
全体破壊魔法:ダムドはアルシルの召還したアストラルマスターによってその攻撃が無効化された。
呪文を詠唱した老人はティティスのアイスボールを受けてのけぞる。
「逃がさないっ! ダイナマイトパンチ!!」
攻撃の間を縫って、セイニーが魔法打撃技を叩き込む!!
「あっ…!」
老人がふっと倒れた。
セイニーの技が当たって、意識を失ったのだ。
「…任務、完了ね…」
アルシルが静かに呟いた。



がちゃっとドアが開く音がした。
傭兵団のテラスは夕明かりに照らされていた。
オレンジ色の優しい光が、エステロミアを包んでいる。
「おじいさん、監獄へ連れて行かれたわ。でも命に別状はないみたい」
ティティスがやってきた。
「…あたしね、これでよかったと思うの」
彼女には分かったのだろうか、ジョシュアが浮かない顔をしているのが。
「あのおじいさんは、確かに国を守ろうとしていたとあたしも思うし、他人から色々酷いこと
言われて、可哀想だと思う。
でも、だからと言って、おじいさんのやったことは傭兵として許せない。
敵対したい訳じゃないわ。おじいさんはエステロミアに生きる人を見て、考えて、行動しようと
していた。確かに、個人的な恨みつらみも絡んでたけれど…」
風が吹いた。
ティティスの金色の髪がオレンジ色の光を綺麗に反射する。
風は海の方から吹いてきて、エステロミア王国を駆けて行く。
「守りたいって気持ちは、あたしたちと一緒だった。
でも、何かがおじいさんを変えてしまっていたわ」
「…そうだね」
ぽつりと呟いてジョシュアはまた遠くを見た。
守りたいと思っても守れないことがある。
守りたいと思ってもその気持ちが他の人に危害を加えてしまうこともある。
だけど…。
「…おじいさんに早く出てきてもらって、この風景を見せたいわ」
温かい光がエステロミア中を照らす。
ジョシュアはふっと笑った。
「こんな時間をみんなが過ごせたらいいのにね」
「ジョシュア?」
「さぁ、中に入ろうか。そろそろ夕飯の支度が出来た頃だと思うよ」
ジョシュアは室内に入っていった。
ティティスは暫くジョシュアの言葉の意味を考えていたが、
胸の鼓動が段々高鳴って来て、思わず頭(かぶり)を振った。

「あたしも…一緒に幸せに楽しい時間を過ごしていたいの…ずっとね」

ぽつりと呟くと、ティティスは慌てるように室内に入っていった………。


Fin.


あとがきへ


chase the golden fox............