第三章 魔法
執筆者:たふあ るるく
「家が・・・ない・・・」
目の前にある黒こげた木材の破片が乱雑に転がっている光景に、
ハヅキは冷や汗が流れるのを感じた。
ゴールデンフォックスの事件があったあとの翌日の早朝、
負傷して思うように行動できないジョシュアたちに代わって、
ハヅキをリーダーに、セイニー、ジュラン、アイギールと部隊が組まれ、
ジョシュアが見たという、黒ずんだ剣の山のある家へと調査に向かった結果が、これである。
剣の山は相変わらず鈍い黒光りを放ちつつ積まれていたままだったが、
肝心の家らしきものがあった場所には、ただ建物が燃やされた形跡しか残っていなかった。
「うーわー先越されちゃったよ〜」
両手を頭で抱えてうなだれポーズのまま悔しがるセイニーの声が空しくその場に響く。
「やはり油・・・しかも、大量の油が撒かれていたようね・・・
家を一夜で燃え尽きらせるほどの火力・・・
間違いなく、魔法だわ。しかも、イクスプロージョン級の大型な。」
周りを調べていたアイギールも、険しい表情で言葉を添えた。
「・・・これで、振り出しに戻った・・・というわけですか・・・しかし・・・」
ただ1人、家ではなく、黒く鈍く光を放っている山を見つめていたジュランは、
すっと、手を伸ばすと積まれていた剣の一つを取り上げる。
そのまま手を上にあげ、まだ昇りたてで淡い光を放っている太陽にかざすと、
眼鏡の中の紅い瞳をすがめた。
「・・・しかし・・・糸は途切れた訳では、ないですよ」
いつも柔和な魔術師の瞳に移る光は、いつになく真剣で。
思わずハヅキたちは息をのんだ。
「・・・どういう・・・こと・・・?」
恐る恐るハヅキが訊ねると、
ジュランはその手の中にある黒ずんだ剣を縦に構えて皆の方に向けた。
「・・・この剣・・・ジョシュアが持っていたあの剣と同じなんですよ・・・
おかしいおかしいと思っていたんですが・・・これでやっと合点がいきました。
つまりは、こういうことだったんです。」
そうやって、皆の目の前で、先ほど自分がしていたように太陽にかざす、
すると、その黒ずんだ剣はゆっくりと、しかしみるみるうちに透き通りはじめ、
ついには剣の輪郭だけ残して、
隠れていた太陽の姿がはっきりと捉えられるまで透明になってしまった。
そう、まるでガラスのように。
「・・・ええ・・・っっ!?」
「ど・・・どうなってるの・・・!?」
信じられない光景を見た二人は代わる代わる疑問の言葉を叫びに近い声で発する。
パニック状態寸前の2人に、黙っていたアイギールはどこか青ざめた表情で口を開いた
「・・・実体が無い・・・・・・そう、そういうわけだったのね・・・」
ジュランはアイギールの言葉にこくりと頷いた。
「ええ、その通り、これには実体が無いんです。
この黒ずんだ物体は、もうすでにこの世にはない、ということです。
あるようでいて、実際に無いんです、この剣は。」
ジュランはそこで言葉を切ると、手に持っていたモノを見つめた。
「ジョシュアの剣・・・アカデミーで調べさせるとなると時間がかなりかかる恐れがあるので・・・
献上する前に、ちょっとばかり失敬して調べさせて頂いたのですが・・・
どんな薬品を点けても、全く反応が無かったんです。
まるで、そこに何もないかのように剣は形を保っていた・・・
そこで、思い出したんです。とある禁文書を読んだ際に書かれていたあることを」
ジュランはまた再度手をさし伸ばし、太陽の方へと剣であった物体をかざす。
また文字通りゆっくりと消えていく剣を見据えつつ続けた。
「文献は、力・・・物体そのものの吸収・・・形ではなく、物体の内容、
構築している力を吸収してしまう術が開発されていたというものでした・・・。
構築している内容を無理矢理奪えば、物体そのものは不安定な状態に陥り、
さながら陰のような、姿形はそのままのそっくりの黒い塊だけが残るという結果になる。
それは理論上の話で、実際に成功例はないとありました。
しかし・・・今、目の前にあるこれを見れば、成功したと、認めざるをないのでしょうね。
完全であるか、不完全であるかは別として。」
長い言葉を締めくくらせるように、ひとつ息をつくと、
ジュランは手にしていた剣を山のようにある同じような物体の中にソレを放り投げた。
カラン、という空虚な音が場にこだまする。
その様子を見つつ、顎に手を当て、アイギールは訝しげに呟いた。
「しかし・・・奴らは何を目的としてその力を集めているのかしら・・・
エネルギーが必要ならば・・・物より、生物・・・
いうなれば人間を使った方が効率よく集められるわ・・・
だけど、奪うものは剣など古いものばかり・・・一体どういうつもり・・・?」
こもるように、疑問符を浮かべるアイギールとは反対に、
ジュランは大分昇ってきた太陽に目を向け、眩しい光を浴びつつふと漏らすようにいった。
「・・・これは推測にしかすぎませんが・・・過去の遺物・・・
特に古い宝物はそのさらされた年月が多ければ多いほど、
多大な魔力を秘めるといわれています。」
「・・・エネルギーじゃなく魔力・・・か・・・なんだか意味わかんなくなってきたなー」
ジュランの言葉を受け、セイニーがやっぱりさっぱり分からないという風に頭を抱えた。
「でも・・・かなり厄介なことになってきたのには変わりないね・・・」
ひゅうと吹く風が彼女の頭に巻かれたハチマキをはためかせる。
ハヅキはいつになく険しい表情で、無機質で巨大な闇色のカタマリを見上げた。
苦しい、息遣いを感じる。しかし、その息は次第にか細くなって、
消え入るように意識の奥へ奥へと入っていき、やがて途絶えた。
刹那、弾かれるような感覚に襲われ、あの声が大きく響いた。
「・・・取り返して・・・くれ・・・奴らに・・・盗賊に・・・剣を奪われた・・・
昔から・・・代々私の家に伝わる・・・剣・・・だ・・・
私の・・・ことはいい・・・だから・・・早く・・・あの・・・
黄色い服を来た・・・盗賊から・・・剣・・・を・・・・・・・・・・・」
「・・・・っ!!」
声が言い終わるが早いか、ジョシュアは反射的に毛布を跳ね上げ、飛び起きてしまった。
ふうと息をつくと額に手をあてる、すると額にあてた手はびっしょりと濡れ、
汗をかいていたことにやっと気づいた。
「・・・また・・・あの夢・・・か・・・」
服の裾でぐしゃりと汗をぬぐう。でも、その服さえも汗で湿っていることに気づき、
ジョシュアは着替えを捜すためにのっそりと起き上がった。
服を探し出し、手で掴んで着替えながらも、思考はあの声に向いてしまう。
どうしてもいまわの際に残したあの老人の言葉が、頭について離れない。
盗賊や、魔物の襲撃で人が命をなくしてしまう場面は何度も見てきたし、
そんな日には悪夢にうなされることはよくあることだったが、
ここまで引きずることは今までにないことだった。
「・・・よっぽど・・・ショックだったんだな・・・」
自分のことなのにまるで他人を指すような物言いで呟いた自分に思わず苦笑が漏れる。
守りたいと思っても、守りきれないこともある、それは今までいつも感じてきたことだったけれど。
悟る事は、できない。
「悟りたいとも、思わないけど」
一言ポツリと言葉を落とすと、悪夢の余韻を振り切るようにジョシュアは部屋の外へと出た。
そのまま、何のあてもなく木目のある廊下をのろのろと歩く。
窓から注ぐ太陽の光はもう昼のもので、窓のガラスを反射して一層眩しい。
その太陽を受けた緑の木々は鮮やかに色を写し、生命の息吹を感じさせたが、
なんとなく、それを見るのが辛くて、ジョシュアは目を伏せた。
昨日の夜から何も口にしていないので食事をしないといけない、
そう思うままに食堂にいこうと階段を降りかかった、その時、
殺気が走った。
反射的に体を翻すが、殺気は怯まずに瞬時にまっすぐのび・・・
ジョシュアの喉元寸前でピタリと止まった。
「・・・アルシル・・・?」
喉元に突きつけられたレイピアを見て、つ・・・と汗が伝うのを感じつつ、
驚きを隠さずに、眼前でそれを突きつけている女性の名をジョシュアは呼んだ。
しかし、アルシルはその呼びかけにもこたえず、ただ黙ってその場に立ち竦んでいる。
事を荒立てようとしない彼女に相応しくない行動に、もう一度名前を呼ぶが、
アルシルはやはりそのまま動かなかった。
数分の間(ま)。
しばしの膠着状態のあと、アルシルはゆっくりと剣を下ろすと厳しい表情でジョシュアにいった。
「・・・ジョシュア・・・あなた・・・呪いがかけられてるわね」
「のろ・・・い?」
唐突な発言の意図が理解できず、ただ言葉を反芻する。
するとアルシルはつかつかと歩み寄り、強い口調で言いはなった。
「ええ、呪いよ。極めて微力だけど、
確かに貴方の気配に混ざっているのはそういう類のものだわ・・・」
アルシルはいつも目を瞑っている。
それは精神修養だとか、過去のことからだとか、様々なことがいわれているが、
本人は頑なに語ろうとはしない。
けれど、そういう通常の人に見えないものが“見える”力はあって、
彼女は霊体などに痛撃なダメージを与えることが出来るのは確かなことなのだ。
そのアルシルの断言した態度に、ジョシュアは言葉を失った。
「・・・僕には、分からないけど・・・」
「・・・ええ、これはかかった本人でもなかなか分からないでしょうね。
凄く微量で、私でも今日まで気づかなかったくらいだから・・・」
訝しげに彼女にしてはめずらしく、眉をよせて低い声で呟く。
真剣なその面差しになんといっていいのかわからず項垂れると、言葉が漏れた。
「・・・でも・・・どうして・・・呪いが・・・?」
呆然と立ちすくみ、半分は自分自身に問うように、ジョシュアは呟く。
呪いというおぞましいものが自分自身に知らずにかけられていたという事実にも驚いたが、
なにより、呪いをかけられた覚えや感覚は少なくとも無かったからだ。
もしかしたら、あの悪夢もそれの影響だったのだろうか。
そんなジョシュアの心情を知ってかしらずか、相変わらず低い口調でアルシルは続ける。
「・・・一昨日のことが関係しているのには間違いないわね・・・
呪いは、通常は呪いの効果を増大させるために、
それと分かるように仕向けて恐怖を煽るものよ。
分からないように、微量にするってことは・・・」
「その効果を少しずつでも確かなものにするため・・・ってことだね」
継いだジョシュアの言葉に、アルシルはこくりと頷く。
ジョシュアはふうと息をつくと半ば自嘲的にいった。不甲斐ない自分が情けない。
「少しずつ、でも的確に・・・か。
かなり慎重で用意周到な相手なんだろうね、呪いをかけた相手は」
「ええ、しかも、こんなに微量だということは、間違いなく精神を犯すものよ。
薬でも治るとは思うけれど・・・一度、しっかりバルドウィンに見てもらった方がいいわね」
「うん・・・そうだね。」
精神攻撃ともなれば、精神に支障をきたしやすいジョシュアにしてみれば、天敵といってもいい。
焦らずに頑張ろうと決めたのに、呪いを受けていたと知った途端、
静まっていた焦りが再び襲ってきたようで、
ジョシュアは失笑とも苦笑ともつかない表情を浮かべた。
(僕は、まだ弱い。でも、焦っちゃダメだ。)
そう心に言い聞かせると、とにかく、バルドウィンに見てもらうのが先だ、と立ち上がった刹那。
バタバタバタという激しい音とともに、ミロードが姿を現した。
ミロードには珍しく、全力で走ってきたのか、その息は荒い。
しかし、その荒い息が静まる時間さえ惜しいらしく、ミロードは早々と口を開いた。
「ジョ・・・ジョシュア・・・よかった・・・今、呼びにいこうと・・・してたところなのよ」
「え・・・僕・・・?」
「そう・・・ねぇ・・・ジョシュア・・・一昨日のゴールデンフォックスの奴らの顔は見なかったの・・・?」
「顔・・・」
ジョシュアはいわれるがままに記憶の糸を手繰り寄せてみる。
走っていく後姿、たなびく黄色、そして怒号のように輝く赤・・・
しかし、肝心の顔は半分マスクで覆われていて、しっかりと分からなかった。
「・・・ごめん・・・分からない・・・」
素直に謝ると、幾分落ち着いたらしいミロードは、
階段の手すりに身を預け、パタパタと手を振って言った。
「いいのよ。まあ、分かったら、分かったに越したことはないんだけど、
先に聞いた、ティティスとキャスも分からないって言ってたし、
もしかしたら、見てるかもしれないって程度で聞いただけだから・・・。」
「・・・そういうことを聞くということは・・・何か有力な情報でも手に入ったの・・・?」
ミロードの言葉が終わるやいなや、アルシルは間髪いれずに言葉を挟む。
その鋭い口調に思わずミロードは苦笑した。
「さすが、アルシルね。こっちから言う手間が省けるわ。
まあ、有力かどうかは分からないんだけどね・・・興味深い情報が出てきたのよ」
ミロードは一呼吸すると、真剣な面差しになって2人を見た。
「他国のゴールデンフォックスの事件で、奴らを壊滅させるために出た兵隊や、騎士隊・・・
それら多数は殺されたり、傷を負わせられたりして帰って来たらしいんだけど・・・
その団体が向かうたびに必ず数隊は行方不明になっているらしいのよ。」
「行方・・・不明・・・?」
「そう、そして、ごく僅かだけど、その行方不明になった兵隊のような顔をした人間が、
ゴールデンフォックスの奴らの中にいたという情報もあるの。
これは見間違いとも分からない情報数なんだけど・・・興味深いと思わない?」
「それって・・・!」
「そして、もう一つ」
ミロードはそこで言葉を切ると意味深な目で二人を見回した。
「全てのゴールデンフォックスの事件に巻き込まれて亡くなった一般人は・・・今のところ、
ジョシュアたちが看取ったおじいさん、ただ1人・・・ということよ」
「・・・・!」
2人が同時に息を呑む音が聞こえたようだった。
今までバラバラだったパズルピースがゆっくりと一つの絵のシルエットを浮かび上がらせる。
全ては箱を開けるまで分からない。だが、唯一はっきりしたことがある。それは、
決戦の時は、近いということだった。
つづく
![]()
chase the golden fox............