第二章 想い
執筆者:はにょ
揺らめく炎の中で、黄色い服がせせら笑うようにひらひらと舞う。
その姿を追ってやってきたのは、真っ黒になった武器の山…。
「…こ、これは一体…」
刀身から柄まで全て色を失っている。剣が死んでいるようだった。
『…持ち主も、ねぇ…』
自分の心に呼応するかのように聞こえた声に、自分の剣に手をやり、振り返る。
目がかすんでいるのか、そいつの顔は見えない。
ただ、黄色い服が、炎の中で揺らめいて…。
『君もだよ…』
「えっ…」
ふと、自分の手を見ると、握った剣がどんどんと黒くなっていく…!!
光を、色を、失っていく…。
「!?」
目を疑った。
刀身から柄まで一瞬の間に光が失われたかと思うと、それはすさまじい速さで自分をも飲み込んでいく…!!
指から腕、肩、首へせりあがる…!
「うわああああああああああああああああああああああああああああああっ…!!!」
「ジョシュア!」
「え…」
自分の部屋だった。
ティティスとキャス、そしてシャロット、ジュランが顔を覗かせた。
生々しい感覚が頭をついて離れない。
…そうかっ…、今のは、夢なんだ!!
ジョシュアは急いで体を起こそうとしたが、体がそれを許さなかった。
「うっ…!!」
「ああっ まだだめですよ!! 動いてはいけませんわ!!」
シャロットが、ゆっくり上半身起き上がったジョシュアをベッドへ寝かせる。
「にゃ、凄い汗にゃん」
キャスが小さな手で、濡らした白い布をジョシュアの額に載せる。
まだ頭がぼーっとしている。
今まで見ていたことがずっと頭の中を駆け巡って…。
「…嫌な夢を見た…。僕は、どうしてこんなことになっているんだい?」
「おや、覚えていないのですね」
ジュランがどこか何かを含んだ言い方をした。
ジョシュアはそれを聞いて何があったかをやっと悟った。
「…ううん、思い出した…。嫌な夢じゃなくって、現実だったんだ…。
ごめん…、ティティス、キャス…」
ジョシュアの手が、包帯を巻かれたティティスの右腕に伸びる。
ティティスの細い腕にもあの時の爆発の破片が突き刺さったのだろう。
もしくは、自分をここまで運ぶ時に………。
「ジョシュアが謝ることないわ。あたしもいけなかったんだし…」
ティティスが、ジョシュアを安心させるように微笑む。
それが、たまらなかった。自分の所為だということ、それがよく分かっていたから、
彼女の笑顔が心に刺さるようだった。
「にゃ、とにかくみんな無事でよかったにゃん」
「そうですね、でも、どうしてこんなことになったのか、聞かせてもらえますかね」
ジュランは、あくまで冷静に言った。ジョシュアは黙ってうなずいた。
「僕らは、サンドストームで盗賊団ゴールデンフォックスによる襲撃に出くわしたんだ」
「でも、人数が人数で、団長の指令もないし、
私服のままだから、取り敢えず町の人を助けることにしたの」
「ゴールデンフォックス? そう、彼らですか…団長から情報は聞いています」
ジュランは一口紅茶を飲んだ。
窓から入ってくる風が、紅茶のよい香りをかき立てる。
「そしたら、盗賊団がある家の裏に走っていくのが見えたから、
僕はその様子を影から見ようとしたんだ。
そこには、真っ黒になった武器の山があったんだ」
「真っ黒…ですか?」
シャロットが不安そうに問う。全てを包む海のように青くて澄んだ瞳が物悲しげに見つめてくる。
「錆びたという感じでも、すすがついた感じでもなかった。色を失ったって表現が一番だと思う。
そこで何があったかは、僕は知らない」
「気が付いたら、ジョシュアの後ろに奴らの仲間がいたの。ジョシュアはそのとき、奴らの魔法を
まともに受けて倒れたのよ」
「魔法?」
ジュランの眉がぴくっと動く。
「盗賊団が…魔法ですか?」
「にゃ、それがこの盗賊団の一番大きな特徴だにゃん。
イクスプロージョンやデッドストリームみたいな威力が強い魔法しか使わないらしいにゃん」
「それを見て、危険だと判断したの…」
「まあ、一緒にいたのがティティスとキャスでよかったな」
急にドアが開いた。がたいのいい初老の男性が入ってくる………ガレスだ。
鎧を着たままだった。
「でなきゃ、ジョシュア、お前死んでいたかもしれんな。
やつらの噂は聞いている。相当危険なやつらだ…」
そこまで言うと、ガレスは手に持っていた何か長いものをジョシュアの目の前に差し出す。
白い布で覆われたそれを、ジュランが受け取って、白い布をはずす。
「あ…」
ジョシュアの剣だった。
夜の闇のように真っ黒だった。
「鍛冶屋に見せたが、さびてるわけでもねぇし、…ま、残念ながら黒いままってことだ」
「ジョシュア、これは暫く、団長が預かるとのことです。
敵は得体の知れない術を使うようですから、
接触する前にこれを調べる必要があるでしょう」
ジュランが剣を見つめる。
一筋の光すら反射しない剣。まるで光を飲み込むようにさえ思えた。
「…何だか、以前の聖剣ネージュエンジェルみたいですね」
シャロットがいっているのは、以前黒王の復活を願う仮面の男:レイスが、黒王の力に拮抗できる
聖剣ネージュエンジェルに呪いをかけたことである。
「ん、じゃあ、これは呪いの類なのか?」
ガレスに聞かれたシャロットは少し困った顔をした。
「いえ、あの…ちょっとその辺りはわからないんですが、
ただ、物理的な変化ではない感じがしますね」
暫くの沈黙。
誰も何も言い出さない。
その手のことに関して知っているという者は傭兵にはいなかった。
聖剣ネージュエンジェルの呪いは、クロウという少年が解いた。
小さな子どもであったが、今思えばその知識、魔力において、傭兵たちを遥かに上回っていた。
常に物静かで、口数も少なかったが、もう彼の声を聞くことはできない。
その昔、エバンアタウ大陸全土を恐怖に陥れた黒王オドモックを永久に葬り去るため、
自らを犠牲にし、この世を去ったのだから……………。
「これは、魔法アカデミーで調べていただいたほうがいいのかもしれませんね…」
ジュランは椅子を引いた。丹念に白い布を剣に巻きつけて、きゅっと結んだ。
自分の姿を見ているようだった。
「ジョシュア、あなたは、怪我を治すのが先ですよ」
「え…」
言われて剣から視線をジュランに移すと、ジュランはまっすぐにジョシュアを見ていた。
「にゃ、ジョシュア、また目が赤くなっているにゃん」
「あ…」
こみ上げてくる怒りがそうさせているのかもしれない、とジョシュアは思った。
それとも、焦りか…。
ジュランはそれを見抜いたのだ。
この気持ちはどこから来るのだろう?
どうして僕は焦っているのだろう?
心を静める。
天井の一点を見つめて、どこかに落とした記憶を探ってみる。
「・・・取り返して・・・くれ・・・奴らに・・・盗賊に・・・剣を奪われた・・・
昔から・・・代々私の家に伝わる・・・剣・・・だ・・・
私の・・・ことはいい・・・だから・・・早く・・・あの・・・
黄色い服を来た・・・盗賊から・・・剣・・・を・・・・・・・・・・・」
「そうだ、あの人は!? あのご老人は無事なのかい?」
目が合ったティティスは、その目を伏せた。
「…手当てをしたんだけどね…」
「……そうか…」
剣は取り返せるかもしれないが、命は返ってこない…。
守れなかった自分に新しい問いが生まれる。
僕は、死んでいった人たちの想いを守れるだろうか…と。
「ジョシュア、大丈夫よ」
ティティスがやわらかく笑った。
自分の心を見透かされたように思えた。
「え、な、何が?」
「ううん、言ってみただけ。ジョシュアが今回あまりにも感情的だから心配になったのよ」
エルフだからなのだろうか。ティティスは時折敏感に物事を察する。
ジョシュアは、少し笑うと、ティティスに言った。
「そうかもしれない…。ありがとう」
戦士たる者、平常心を失ってはいけない。
それなのに、自分は燃え上がってばかりだった。
今は、来るべきゴールデンフォックスとの戦いに備えて傷を癒すべきだ。
焦ることはない。
「ジョシュア?」
ティティスの声が遠くに聞こえる。
心にあった大きな不安の塊が、意識と一緒に融けていくようだった…。
「おやすみ」
「また、争いが起きているのね…」
アルシルは、幻惑のたてごとを置いた。
エステロミアの朝焼けは、言葉に代えがたいほど美しい。
あの人が守ったもの。
アルシルは、鎧を手に取る。
そしてそのまま、壁に綺麗に貼られた指令に目をやる。
第三部隊 ゴールデンフォックスの撃破
「……行くわ、クロウ…」
アルシルは、指令の紙を手に取り、ジョシュアのいる談話室へと足を急がせる。
「…ジョシュア、もう大丈夫なの?」
開口一番、アルシルは言った。
「うん、傷はもう大方大丈夫なんだ。シャロットやバルドウィンが毎日治療してくれたし…」
「………………………………………………………………………………………………………………」
アルシルが無言のままこちらを見つめる。
閉ざされた瞼の向こうから、刺すように鋭い視線が自分に向かって突き刺さるのがよく分かる。
「…私が心配しているのは、そっちじゃないわ…」
「大丈夫だよ」
ジョシュアはそう答えるしかなかった。
アルシルが心配しているもの、それは心の迷い。
それがひとつでもあると、平常心などは保てなくなる。
「今日は、私とあなたが前衛よ…。後衛にはティティスとセイニーがつくわ…」
「うん」
アルシルが、談話室に運び込まれた傷薬をチェックする。
リーダーの仕事だ。
「…アルシル」
「何?」
「作戦はたててあるの?」
黒い短めの髪がすこし揺らめいた。
朝焼けに照らし出された白く綺麗に整った顔が笑った。
「勿論よ…」
窓際に立てかけた幻惑のたてごとが、闇を切り裂く朝日を反射して煌く…。
アルシルは一枚の紙をジョシュアに差し出した。
ジョシュアはそれを目で追うと、黙ってうなずいた…………。
つづく
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chase the golden fox............