3月9日


窓辺の風景(ティティスver)


私もその日はよく寝付けなかった。
リビウスとシャロットを見たとき、なんだかうらやましくなってしまったからだった。
例え今は遠くでも、この二人にはきっと近い将来お互いに両思いになる可能性を秘めているからだった。
少なくとも私とジョシュアよりは…。
いくらそうであってもシャロットは大切な友だちだから妬んだりするのはしたくなかった。
でもリビウスが帰った日の晩、私は裏庭が見える窓辺から思いがけないものを見てしまった。
レース地の白いカーテンを隔てた窓の外にはシャロットが一人でベンチに腰をかけて俯いていた。
たとえリビウスが帰ったことに対して落ち込んでいたのだとしても、
寒いのに白いネグリジェの上には何も羽織らずに夜に外に出るなんてちょっとただごとではないような感じがした。
…どうすればいいのだろう…。
落ち込んでいるのをそっとしておくのか、それとも行って話を聞いてあげるべきなのか。
でも寒いのにあんな薄着で外に出ていては風邪をひいてしまう。
とりあえず中に入れたほうがいいには違いない。
そう思って階段を降り、裏庭へと通じるドアから外へと出た。
案の定、外はとても寒く北風が吹いていた。私は裏庭のベンチで一人ぽつねんと座っているシャロットに声をかけた。
いつも頭巾で覆われていたふんわりとした金髪が北風に靡いていた。
シャロットは今にも泣きそうな顔をしていた。とりあえず私はシャロットの冷たくなった手をさすることにした。
そんな時、シャロットが自分の悩みをぽつぽつと言い出した。シャロットはリビウスがいなくてきっと寂しかったようで、
次第に泣き始めた。そんなシャロットを見て、悩んでいるのは私だけじゃないんだと思った。

確かにリビウスとシャロットは人間同士だから、恋が本人たちの考えているかたちで成就する可能性は十分あるわけだし、
成就したあとも幸せになる可能性が十分ある。
でも、やっぱり一緒にいられない気持ちがさびしいと思うのは変わらない。成就する可能性が低くても高くても。
成就した幸せというのが、好きな人の子どもがいること、好きな人と一緒に年をとることということなら、
私とジョシュアではその幸せをつかむことは難しい。
人間を嫌っているエルフと人間との間に生れた子どもがいるという事例はまれにあるけど、
幸せだったという話は聞かない。一緒に年をとるなんてもっと無理だ。

でも、逆にジョシュアを好きになることを諦めて、
一般的にいわれている「幸せ」といわれているものをつかむことだって私にはできるのだ。

ジョシュアをあきらめてエルフの森に帰り、エルフの森で誰かと恋をして、結ばれて、
子どもが生まれて、一緒に年をとるということだってできる。
どちらを選ぶかは私の自由なんだ。

何度も自分の思いが通じなくて苦労したり、もどかしい思いはしてきた。
一度はもう、自分は人間を好きになる権利自体がないのかもしれないとも思った。
だけどそんな風に悩んでいたときに誰かが言っていた。

全ては自分次第。

今、目の前にあることから手を引く事も、苦しくても前に突き進むことも、少し立ち止まって考えてみることも。
どれを選ぶのも自分次第だし、どれを選んでも結果は自分次第。

私は人間を好きになるということを選んだ。そして私はジョシュアも、みんなも大好きだし、好きになったことを後悔はしない。

「…シャロット…」
私は涙を流しているシャロットに声をかけた。
「私ね、何度も諦めようと思ったんだよ。ジョシュアのことを好きになること。
 どうせ人間とエルフの恋なんて成就できるわけないし、例え成就をしてもお互いに不幸なだけだって。…だけどね」
私は一度言葉を切った。
「…だけど、やっぱりどうしても諦められなかった。
 だから私、自分に素直になることにしたの。好きなら好きなままでいいって。」
結果的にエルフの森に帰ることになったとしても、
あとで周りから結局帰ってくることになったのに人間と一緒にいたなんておかしなやつ、といわれたとしても、
私は今はここにいたい。
エルフの森を出てからいろんな人間にあって、
いろんなことを経験したけど、どれも私にとってはかけがえのないもの。
シャロットはそっと肩に顔を押し当ててきた。
おっとりしていて、やさしくて、ちょっと泣き虫なシャロット。そ
んな彼女が大好きだし、好きな人のために悩んで、落ち込んで、それでも相手の幸せを祈っている彼女に私も励ましてもらっている部分は多いのかもしれない。
別れ際にシャロットが「もう行ってしまわれるのですか?」という言葉に心底「すまない」と言ったリビウスの顔がふっと蘇った。
シャロットみたいな恋愛感情は抱いていないとはいえ、
私にとってもリビウスは大切な友人であることには変わらないし、無事でまた帰ってきてほしいと思う。
「…リビウスはきっと、無事に帰ってくるよ。」
シャロットのぬくもりを感じながら私はもう一度、ぎゅっとシャロットを抱きしめた。


そのあとシャロットは自分の部屋にようやく戻った。でも逆に今度は私が眠れなくなってしまった。
いくら自分で人間と一緒にいるということを選んだとはいえ、やっぱり私はこの先どうなるんだろうという不安もあった。
ずっとこの先も皆と一緒にいられて、皆を好きな気持ちで居続けることができるのだろうか。
誰もそんな答えを出してはくれない。どうするかはいつも自分に委ねられている。
そういうことを考えているうちに次第に、カーテンから朝日が差し込んでいた。
「おはよう、ティティス」
ぼーっとそんなことを考えているとき、ジョシュアが声をかけてきた。
「あっ、ジョシュアっ…!お、おはよう。」
あまりに突然だったので、慌ててしまった。ジョシュアはどうしたのだろうという顔をして私を見つめていた。
「ティティスは早いんだね。」
と大きなあくびをしながら外に出て行こうとした。朝早くからジョシュアは簡単な鎧を着けてロングソードを持っていた。
「鍛錬?」
「そうだよ。もう黒王との決戦も近いからね。腕を挙げておかなくてはね。」
「じゃあね」と言ってドアを開けて出て行った。窓からは朝日が一杯に部屋の中に差し込んでいる。
…そっか。
ジョシュアの話を聞いてふと何か一本の筋が通った。先のことが不安なのはいつもそう。先のことを考えるのは楽しみでもあり、不安でもある。
将来のことを不安に思うよりも、結局、今をどうするかかもしれない。今を精一杯生きるからこそ、きっと道が続いていくのだろう。
私は窓辺に近づいて、朝日を浴びながら鍛錬に向かうジョシュアの後姿をずっとみていた。




〜シャロットver〜→

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ぱぱげーのさんから私の誕生日に特別にいただいた小説ですv
シャロットさんのお話と対になっています。
ティティスの思いが垣間見えて素敵なお話です(*´v`*)ありがとうございました!

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