3月9日


白い月(シャロットver.)


冬の名残を残した3月の青空に、洗濯物が風にゆれてはためく。
この時期の風はとても強く、冷たさを時々残しながらも、生暖かい。
この間冬が来て肌を刺すような冷たい風と澄んだ空気を思いきや、もう春の足音がする。
一日一日の時間はきちんと刻まれているのに月日が流れるのは本当に早い。

「あら」

白い月が青い澄んだ空にうっすらと浮んでいた。あれはやっぱりほんの数ヶ月前の満月の晩のことだった。




数ヶ月前のこと―
伯爵様の元に聖杯を借りに行ったときに、偶然会ったリビウス様。
でも久しぶりにお会いしたのに、特にこれといった会話もなく足早に国へと戻られてしまった。
お忙しいから長くいられないから仕方ないけれど、しばらく見ないうちにちょっと表情が険しくなっているような気がした。
だけど何よりもつらかったのは
「お疲れではありませんか?」
とか
「お仕事の調子はいかがですか?あまり無理なさらないでくださいね。」
という言葉よりも先に思わず
「もう行ってしまわれるのですか?」
という言葉を思わず言ってしまったことだった。
リビウス様のほうがずっと私よりも大変なのに、どうして私はこんなことを言ってしまうのだろう…。
リビウス様を見送ったその日の夜、私は寝付くことができず夜の裏庭に出ることにした。
その日はとても冷たい風が吹く夜で、空が澄んでいた。
夜空に、全く欠けていない白い月が凛と女王の如く多くの星星にかしずかれて佇んでいた。
私は冷たい風が肌を刺す中、しばらく裏庭のベンチで空を眺めていたが

「そこに誰かいるの?」

という声でふと我に返った。見ると、ランタンを手に持ったティティスさんが建物の隅からこちらの様子を窺っていた。
「私ですわ、ティティスさん。」
するとティティスさんは私の方にランタンの温かな光をちらつかせながらやってきた。
「手がつめたいわ。どうしてこんな夜ふけに?」
そういって、ティティスさんが私の冷えた手をさすってきた。私は何も言わず、
ティティスさんに手をさすられていた。ティティスさんは一生懸命、私の手を温めようとしながら、
「…リビウスのことで落ち込んでいるの?」
と目を落しながら聞いてきた。私は黙って頷いた。ティティスさんは手をさすることをやめなかった。
なんだか私の心の冷たい部分に生温かいものが流れ込んでいるような感触を覚えた。
「…帰ってしまったから?」
私は何も答えなかったかわりに、涙がぽたぽたと降り始めの雨のように手の上に落ちた。
私は手で顔を覆った。ティティスさんはそっと優しく私を引き寄せて肩に抱き寄せて下さった。
ティティスさんの長くてさらさらした髪からはやさしい匂いが漂ってきた。
「ティティスさん、私、本当に自分が好きになれないんです。」
私は泣きじゃくりながらティティスさんの肩越しに言った。ティティスさんは、何も答えずぽんぽんと肩を叩いた。
「リビウス様のほうがもっと大変なのはわかっているのに、やっぱりリビウス様にどこか甘えようとしている自分が嫌で…」
「シャロット、それは甘えじゃなくてきっとリビウスがいなくて寂しいと思っているんだよ。」
寂しい…。そう、すごく寂しい…。せっかく会えたのに、嬉しさよりもまた離れてしまうことが寂しかった。
「…あたしもなんだ、シャロット。近くにいるのに心の距離はとても遠くて、とても寂しいと思うときがあるの」
ティティスさんは耳元で呟いた。きっとジョシュアさんのことだ。
「一緒にいてもね、ジョシュアにとって私は必要じゃないんじゃないかなって。」
ティティスさんも私と同じことを思っているのだろうか。
私にとって傭兵団に入って以来、ずっと側にいたリビウス様が急にいなくなるということを知ったとき、
とても疑いたくなることだった。それと同時に私はリビウス様が本当に聖教国に一人で行かれたとき、
リビウス様の中では私はまだまだ支えあう関係になるほどの相手ではないのだということを感じてしまった。
結局、私はリビウス様に片思いをしているだけなのだろうか…。
どんなに、どんなに心配して、毎日祈り続けても、結局無駄なのだろうか…。
リビウス様ばかりが先を走り、私は追いかけることができない。届きそうで届かない。
まるで手から離れていってしまった風船が青空へと吸い込まれてしまうような感覚だった。
「…シャロット。」
ふとティティスさんの声で我に返った。少し涙声になっている。
「私ね、何度も諦めようと思ったんだよ。ジョシュアのことを好きになること。
どうせ人間とエルフの恋なんて成就できるわけないし、例え成就をしてもお互いに不幸なだけだって。…だけどね」
ティティスさんは一度言葉を切った。
「…だけど、やっぱりどうしても諦められなかった。
 だから私、自分に素直になることにしたの。好きなら好きなままでいいって。」

好きなら、好きなままでいい…。例え成就してもしなくても、好きなら好きなままで…。

熱い涙が頬をすっと伝った。ティティスさんの肩にそっと顔を押し当てたとき、
ふと帰り際に見せたリビウス様の優しげな顔が瞼の裏に見えた。
滅多に見せない私が好きなリビウス様の笑顔。ずっとリビウス様の笑顔が好きで、あの笑顔を見たいといつも思っている。
ふっと顔をあげると空には涙で滲んだ真っ白い月が輝いていた。リビウス様も今頃、同じ月をどこかで今頃見ているのだろうか…。


―――


空には昼前の白い月が夜の時とはちがってうっすらと控えめに浮んでいた。
ふと青空が眩しくなったので目をつぶった。やっぱり、あの時と同じように、瞼の裏には優しげなリビウス様の顔が浮んだ。
もしかしたら自分の中で意識的にやっているだけかもしれないが、つらくなったときはこうしていつも思い出すことにした。
しばらく目を瞑っていた後、私は洗濯籠をもって中に入ることにした。
庭には、花たちが硬い土から葉を出して温かくなるのを待っていた。
洗濯籠を戻そうとしたとき、ばったりとマールハルトおじ様に出会った。

「ちょうどよかったです。貴女様宛ての郵便物が届いておりましたぞ。」

と白い口ひげの奥から嬉しそうに私に白い封筒を差し出した。封筒の切手を見ると聖教国からのものだということはすぐにわかった。

「まぁ、珍しいですわね、ありがとうございます。」

私はマールハルトのおじ様から手紙を受け取り、部屋へと戻った。
聖教国とあったので、両親が心配のあまり私に手紙をよこしたのかと最初は思ったが、宛名の筆跡は両親のものではない。
急いで封筒の裏を見返したとき、そこには待ちわびていた人の名前が書いてあった。
封筒から急いで白い便箋を出して開くと、細いペンで走り書きをしたような字の手紙が入っていた。
そこにはずっとずっと自分が待ちわびていた「帰ってくる」という言葉が書いてあった。
ずっと待ちわびていたくせに「帰ってくる」という事実が信じられなくて、
何度も何度も読み返してみた。綴りが間違っていないだろうかとも思って辞書までひいてしまったくらいだった。
あなた様とまた一緒に春を迎えられるんですね。
そう思って、白い封筒を丁寧にたたんで、机の引き出しの中にしまった。
分厚かった手紙セットの便箋も、今ではもう2,3枚くらいしか紙が残っていない。
瞼をふっと閉じたとき、あなたの足音が遠い遠い故郷のほうから聞えてくるような気がした。

春はもうすぐそこに来ている。


〜ティティスver〜→

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ぱぱげーのさんにリクエストしていただいた小説ですv
シャロットとティティスの2人の重いが垣間見えて素敵だなと思います。

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