あら、とミロードは思わず足を止めた。
いつも通る道で、たまに自分も利用することがある
少し大きめの喫茶店のガラス越しに、知っている顔を見かけたからである。
別段、気にかけることではないのかもしれないし、
実際、普段なら、あら珍しい、程度ですませているのだろう。
しかし、そのたたずまいが少し珍しかったので、
話しかけてみようかしら、と自分も店の中へと足を進めた。
今まだ眠る胸の花
「ジョシュア」
テーブルの近くまで来て、声をかけると、
その青年は、一瞬驚いたような表情をして……
でも相手が自分だと分かると安堵したようにいつものような微笑を見せた。
一瞬、といっても、彼を知らない人には分からないような正に『一瞬』のことで、
日常生活にも、彼の鋭敏たる神経は働いているのか、と思わず感心してしまった。
「ミロードも来てたんだ。……あれ?でも今日って確か任務が入ってたんじゃ……」
「それがね、先方の都合でキャンセルになったのよ。
まあ、アカデミーの手伝いなんてこちらから願い下げみたいなもんだから、せいせいしたけど」
語尾に毒を含ませつつ、そう答えて、座ってもいい?と向かいの席を指差すと
小さく頷きが返ってきたので、遠慮なく座る。
ちょうどタイミングよくやってきたウェイトレスにコーヒーを注文しおえた後、ほうっと一息ついた。
「それにしても、ジョシュア一人でここにいるなんて、珍しいわね。
何?買い物でもしにきたの?」
「ああうん……買い物しに来たってのはそうなんだけど……
一人で来たわけじゃないよ」
そうやって苦笑交じりに指された方向をみると、
なるほど、彼に気をとられて気にしていなかったが、
その先にはこんもりとした紙袋の山ができていた。
「ティティスと、セイニーと……ハヅキが一緒、なのかしら?」
「ご名答。さすがミロードだね」
「ま、荷物の内容と紙袋さえみれば、大体推察はできるわよ」
見えるように少し得意げになると、彼が苦笑した。
多分、またティティスが強引に誘った、というところだろう。
「それで、そのお嬢さん方はいずこに?」
お待たせしました、と小気味の良い声でコーヒーを運んで来たウェイトレスに
微笑を返して、側にあったスプーンでぐるぐるとコーヒーをかきまぜながら聞く。
「それが、なんか近くで結婚式があってるとかで……」
「……そこに3人で野次馬に行った、と」
皆まで言わせず言葉を継ぐと、そうなんだ、とまた苦笑まじりの言葉が帰ってきた。
「結婚式か……まあ、いつも戦闘ばかりの乙女たちじゃ、
興味の一つや二つあるかもしれないわね」
「……そんなものかい?」
「そりゃね。やっぱり、女にとってウェディングドレスは特別な意味があるものなのよ」
「へえ…」
いいながら彼がカップを傾ける。
その、なんとなく興味がなさそうな様子は、この年の青年なら仕方のないことかもしれないけれど、
あからさまにそういう態度を取られると、実質こちらもあまり面白くないもので、
ついからかいたくなる心が内からわきあがった。
「……ジョシュアは行かなかったのね」
「え?」
「本当は誘われたんでしょ?
だけどそれを断って一人でいるなんて、なかなか珍しいことよね」
「……いや、重い荷物かかえて見に行くのも大変だろうから。
一人が荷物見てたほうがいいだろうし」
口調に焦りが見て取れるのは肯定の証拠。
予想通りの反応に顔には見せずほくそえむ。
「そうね。それもあるけど、興味もなかったのもあるんじゃなくて?」
すまして彼の確信を付くであろう言葉をさらりと言う。
普段なら、「ミロード……」と降参する表情を滲ませる彼は、
けれど、予想に反して、何も言わずにただ、じっとカップを見つめた。
しばらくの沈黙。
何か悪いことでも言ったかしら、とフォローの言葉を口にする前に、彼が口を開いた。
「興味ない……っていうのも確かにあるけど……
でも、僕には関係ないっていうのが一番かな。これからも、ずっと」
その顔は、いつも彼が見せる穏やかな表情と違って
どこか空っぽで、虚しさと、諦めという色に染まりきった表情をしていて、
思わず、言葉がつまってしまった。