〜風のうた〜



―その唄を彼は聞いている。



「ジョッシュッア!」
朝食を取っていると、聞きなれた声が頭上から聞こえてきた。
ああ、またいつもの彼女だな、とすぐに分かった僕は、
その先に発される言葉もまたいつもと同じだろうと思って、すぐに相槌を打つ。
「いいよ」
「ありがとー」
そういった彼女は元気に僕の向かいの席へと座った。
「よく分かったわね。私が次に言う言葉」
「いつもこうだからね。自然と分かるようになるよ……」
朝食に手をつけつつ、おどけるように話す彼女に苦笑して頷く。
すると、彼女はそっか、と呟いて……

ぐしゃぐしゃぐしゃっ

いきなり、僕の髪に手をやって分け目を変えた。
「わっなにするんだいっ」
「いやーいつもやってるのに、今日はやってなかったから」
「……だからって何もここでしなくても……」
「いいじゃなーい、私、こっちの方が好きだもーんv
 細かいことは気にしなーい」
あっけらかんと笑う彼女に、はあっとため息をつくと、
くすくす、と横で笑う声が聞こえた。
「お二人とも、仲がよろしいですわね」
和やかな話し方に、どきりと心臓が跳ねて振り向くと、
一番この会話を見られたくなかった人物がその場所に立っていた。
「シャ……」
僕が言葉を発しようとすると、すぐさま彼女の明るい声が飛ぶ。
「やっだーシャロットったらー。そんなんじゃないわよー。
 あ、ここ座る?あたしどこうか?」
「いえ、結構ですわ。私、向こうで食べようと思ってましたので。じゃあまた。」
そういうと、彼女はにこやかに奥の方のテーブルへと去って行ってしまった。
ああ、行ってしまったな、と軽くため息をつくと、
目の前にいた彼女がにまっと笑ったのが目にとびこんできた。
う、嫌なヨカン。
「やーーっぱりねー私の目に狂いはなかったわねー」
「な、何が?」
「ね、ジョシュアってさ」
そこで一旦区切ると、まるでひそひそ話をするように、
彼女は身を乗り出して、口に片手を添えて、言った。

「シャロットのこと好きなんでしょ?」

……危うく口に入れたものを吐き出しそうになる衝動を必死に抑えて、
抑えすぎて喉につまって、げほげほとむせる。
「な……なんでそんな……」
「そりゃ見てればわかるわよ。女を侮っちゃダメよ?」
「や、だから違……」
「はいはい顔赤くして否定しても説得力ありませーん」
そんなはずは……と反駁しかけて、ふと窓ガラスに目がとまる。
……そこにうっすらと映っていた僕は、赤さが妙に目立っていて。
自分の顔が赤いということを認めざるをえなくなって、そのまま俯くしかなかった。
「ここは観念して吐いちゃったほうが楽よー?」
声は明るいのに、オーラは脅迫めいた台詞に、僕は勝つことはできなかった。
「……否定は、しないよ」
「やっぱり、好きなんだ?」
“好き”という言葉の響きに鼓動が早くなるのを感じる。
でも、彼女がいう明るいものじゃない、そうじゃなくて……と僕は口を開いた。
「好き……っていうか…その……軽いもの、じゃなくて、
 ……すごく大事にしたいって思う気持ち……だから……」
「……分かってるわ」
つまりながら、話す僕に、聞いたことのないように、優しさが込められた彼女の声がした。
はっと顔をあげると、また見たこともない表情で、彼女が笑っているのを見た。
優しくて、でも、どこか……どこかに深い悲しみを負っているような、彼女。
……どうして、君が、そんな顔をしているんだろう。
「ティティ……」
かける言葉が見つからない僕が、彼女の名前を呼ぼうとすると、
彼女は急にがったと椅子に足を乗せたかと思うと、力強くいった。

「つまりは、二人っきりになる時間が必要ということね!」

「……は?」
思わず間の抜けた返事をすると、彼女が頭を振った。
「分かってる。分かってるわ。皆まで言わなくても、この私に任せておきなさい!
 ちゃーんと二人きりになるようなシュチュエーションを設定してあげるから!」
「え、いや僕はそんなことはっ!!!」
力強くなおも続ける彼女は歯止めが聞きそうにない。
でも歯止めがきかなくても。止めたい。っていうか止めなきゃならない僕のために!
そう思って否定の言葉を言いかけると、彼女がキッと僕を見た。
「そんなグダグダ言ってちゃダメよ!
 ずっとそのままにしておけば、一体まとまるのに何十年かかるかしれたものだわ!
 いい?男は直球勝負!言いたいことはさっさという!いいわね!?」
「は……はい……」
彼女の気迫に押されるように返事をすると、彼女は満足そうに笑んで言った。
「んじゃ、あたしセッティングの準備とかあるから、これで。ちゃーんとがんばるのよ?」
そういうと、彼女はパタパタとハヤテのように走り去っていって、
僕はその彼女の後姿をしばらく呆気にとられたまま見送っていた。

next→

top + novel