「シェイド・・・」
驚きのあまり、自然と口から名前が零れ出る。
その声に、一瞬シェイドも驚いたように目を見開くが・・・
「なんだ・・・おまえも来てたのか・・・」
と、またすぐにいつもの調子に戻り、それだけいうと、近くの壁にどっかりと寄りかかり、沈黙した。
「・・・椅子に、座らないのかい?」
相変わらず、このプリンスには愛想というものがない、とブライトは思ったが、
あえて口にせず、代わりに椅子を勧める。しかし、シェイドはそれを一瞥しただけで、きっぱりと首を横に振った。
「いや、オレはこのままの方が落ち着くんだ。」
「・・・そう。」
“エクリプス”である時の癖みたいなものだろうか。
そう考えて、シェイドを見ると、自然と紺の衣装に包まれてその場に立っているエクリプスの姿が思い出されて、
ブライトはおもわず視線を逸らした。
(はっきりいって・・・苦手・・・なのかも・・・)
思わず逸らしてしまった行き場のない視線をあちこちに巡らせながら、思う。
その度に思い出されるのは、闇に染まった自分に対峙する、エクリプスの姿。
彼が悪事を起こそうとした自分を制するために、あのような厳しい態度と言葉で望んできたのは分かってはいたが、
やはり思い出してみても、あまり嬉しくないことには変わらず、
彼に対しての不信感という感情は、微量ではあったが、まだ心の奥底にわだかまっていた。
しかし、あまり考えすぎても、負の感情に取り付かれるだけである。
ブライトは気を取り直すと、盆の上に固まって置いてあるカップを取り出して自分の前に置き、
また改めてティーポットを手にすると、カップに中身を注いだ。
シェイドにも一応いるかどうか訊ねてみるが、案の定彼は再度首を横に振っただけだったので、
そのままブライトはカップを持って、席に座った。

「・・・いつも、こんなに早く来るのかい?」
沈黙が続き、なんとなく息の詰まるような感じに居た堪れなくなったブライトは、シェイドに月並みな質問を投げかけてみた。
シェイドはふとブライトの方に顔を向け・・・すぐに逸らすと、いつもの調子で言葉を出す。
「いや、今日はたまたまだ。・・・なんとなく、早く来たくなってな」
「ふーん・・・君にも、そういう時があるんだ」
いつも合理的にしか動かないでいるシェイドが、なんとなくという感覚を元に行動するということに
多少の驚きを感じ、ブライトは感じたままを言葉にする。
と、なにか気に入らなかったのか、呆れたような、すねたような口調でシェイドは返す。
「・・・俺だって、そういう時もあるぞ。」
「じゃあ、プリンセスミルキーやムーンマリア様は・・・」
「後から来る。・・・母上が元に戻られてから、ミルキーはしきりと甘えたがってな。
最近は、いつもべったり母上にくっついてるんだ。
・・・今の状態だと、オレと一緒には来にくいだろうと思って、早めに1人で来たって訳だ。」
珍しく饒舌に喋るシェイドに内心驚きつつも、その内容に兄の悲哀が含まれているようで、
なんとなく親しみが湧いたブライトは、自分の顔が自然とほころぶのを感じた。
「そうなんだ・・・あ、でも、そうしたら、飛行船の操縦は?」
いつもはシェイドが必ず操縦していたはずだけど、2人だけの場合はどうなるだろうと思って
聞いてみると、シェイドは一瞬何故か押し黙ったが、すぐになんでもないように口を開く。
「飛行船は・・・大臣と召使ローマンに任せてあるから大丈夫だ。もし墜落しそうになったら、
体を張って阻止するように召使には言ってある。」
「召使ローマン・・・?」
「ただの元大臣だよ」
ニヤリとした表情を顔の端に浮かべ、さらりと言いのけるシェイドの姿に、
ブライトは思わず少し笑ってしまった。
「まだ、月の国にいるんだ、あの人。」
「まあな。職がないっていって、泣きついてきたところを城の雑用係にしただけだ。
・・・いまじゃ立派な召使だよ。平たくいうと使いっぱしり、てとこかな。」
「ふふ、相変わらず元気みたいだね。」
シェイドの口調から、あの大臣の姿が浮かんでくる。
以前思い出す場合は、必ず怨念のこもったような、邪悪な姿しか浮かんでこなかったのだが、
今、話を聞いたあとだと、シェイドに言われてくるくると動き回るコミカルな姿しか思い浮かばなかった。

「でも・・・大臣・・・か・・・」

名前を聞いて、ふと、思考が昔の自分へとトリップする。
体よく誘きよせられ、自分が闇色にそまる原因をつくったのは他でもない、大臣だった。
エクリプス・・・シェイドへのコンプレックスを利用されての闇への転落劇は、
思い出したくはないが、今では自分にとってなくてはならないものになっていると、思っている。
でも、それでも迷惑はかけすぎるほどかけてしまった、この星に、この空に、この人たちに。
自分は、甚大な被害者であると同時に・・・また甚大な加害者でもあるのだ。
そう考えると、良くは思っていないとしても、自分の悪事を食い止めようとしていたエクリプス・・・シェイドには、
謝りこそすれ不信感を募らせることなんてないのだと思う。
現に、先ほどまでは苦手だと思っていたシェイドも、少し話をしただけで、印象は好意的なものへと変わったのだから。
(謝らなくちゃ・・・)
なんと返事されるか分からない、もしかしたらこの話をもちだすことによって、再び険悪な雰囲気になるかもしれない。
でも、謝るしかないんだ・・・いや、どんな状況になろうと、謝ることに意味があるんだ。



例えどんな状況になっても、また自分に負けて悔やむのはもうイヤだから。




ブライトは息を吸うと、視線をまっすぐシェイドに向けた。



next→

top + novel