クリスマスのその日に(後編)
「ほら…僕の瞳って…色が変わる…よね?」
ガレスに見えるように、片目にそっと指をあてて、僕は続ける
「色が変わって…そして性格も変化する…
僕は…子供の頃からこの目が…この瞳が嫌悪しているといっていいほどに嫌いだったんだ。」
このまま話してもいいのだろうか?という思いが、僕の脳裏を掠めたけれど、
その思いと裏腹に、言葉たちは僕の口をついて出て行く
「どうにかして、瞳を変えられないかと思った子供の僕は、考えた末、
サンタさんにお願いすることにしたんだ。
プレゼントはいらないから、僕の…僕の瞳を変えて下さい。
みんなと同じような瞳にしてくださいって。」
「………。」
「けれど…次の日の朝、起きてみても、僕の瞳は相変わらずだった。
何年も何年も同じ事を同じ様に願っても、一向に僕の願いは聞き届けられない。
だから僕は…“サンタさん”なんかいないってことを悟った。
それから…クリスマスは僕にとって…嫌なものになってしまったんだよ…。」
期待と希望を持って、願いが叶えられる事を信じていた僕を待っていたのは、
いつも、絶望と、悲しみだけで、…他にはなにも無かった。
信じていたものに裏切られるような感覚…それが僕の“クリスマス”だったんだ…
「おまえも…いろいろと苦労してんだな。」
今までずっと黙って僕の話を聞いていたガレスがふいに口を開いた。
僕は応えず、黙って手に持っているコーヒーカップを見つめる。
さっきまで湯気を優雅に立ち昇らせていたコーヒーは、
冷たい雪風にさらされて、いつのまにか水のように冷たくなっていた。
「俺も…パルツィファル…黒騎士のことで、思う事はいろいろあってな…
一時はどーしてこんなことになったのかって、運命とやらを恨みたくなったよ。
だがな…ある日、ふっと思った事があるんだ。」
「思った事…?」
今まで聞いた事のない、感慨深く、優しい声で語るガレスの言葉を、僕は思わず反芻した。
ガレスはこくりと頷く。
「ああ、“これは何か意味があるのかもしれねぇ”ってな。
今になって、黒騎士…パルツィファルが俺の前に現れたのは意味があるんじゃねぇかって
そう、思ったんだ。」
舞ってきた雪を手のひらに掬うように取って、ガレスは続けた。
「バルドウィンに聞いたんだけどよ、
聖書には『全ての事相働きて益となる』ってぇ言葉があるそうだ。
神が全てのことを成すとかいうことで、小難しいことは俺にもよく分かんねぇんだが、
もし…もし『全ての事が益となる』んだとしたら、
このことも案外無駄じゃないんじゃねぇかって思うようになったんだよな。」
そう言うと、ガレスはくるりっと僕の方に体を向ける。
「おまえの瞳の事もそうなのかもしれねぇぜ?」
「え…?」
「俺はおまえの目のことはよくわからねぇ。
けど、おまえはクリスマスの日にそのことが叶うと信じて願ったんだろ?
クリスマスといやあ、サンタじゃなくて、キリスト様が生まれたって言われてる日だ。
そんな日に願って叶えられなかったってことは…
おまえがその『目』でなくちゃならない理由があったのかもしれねぇよな。」
ニッと笑って僕を見るガレスの目は、とても…とても優しい。
その優しい瞳で、ガレスは雪の降る空を見上げた。
「こじつけと言われりゃ、それまでだけどよ。
現に、俺も「これだ!!」としっかり信じてる訳でもねぇし。
けどな…そう考えた方が…、救いがあるような気がするんだよ。
前向きになれるってな。」
しみじみと、そう言うガレスには、僕には無い、『何か』がある気がした。
僕には無い『何か』…それは一体なんなのだろう。
そもそも、ガレスが言ったように、僕がこの瞳でなくちゃいけなかった理由というものは
本当にあるんだろうか?
無い、気がする。
それはただの幻想だと、思う。
でも、
もし
『全ての事が益となる』のだとしたら
本当に、そうだとしたら
僕が会った様々な出来事や、苦しみだって
無駄、じゃ無い…んだよね。
この瞳に生まれた事に、意味があるのなら
僕の人生は少しでも、意味があるんだと思える。
それなら
そのことを信じて、思って、生きてみた方が、
今のままよりも断然、安心するんじゃないだろうか。
今のままではどうせ何も変わらないのだから
騙されたと思って、信じてみるのもいいかもしれない。
それが、ガレスにはあって、僕には無い『何か』なのかもしれないのだから。
そう思うと、少し、本当に少しだけだけれど、胸が軽くなった気がした。
気が付くと、あれほど大量に降っていた雪は小降りになり、
ぶ厚い雲の切れ間から、星が顔を覗かせていた。
「星が…見えるようになったね。」
「そうだな。雪が降るのも一段落ってことだろ。」
うーんと伸びをしつつ、ガレスは応えた。
「さってと、体も冷え冷えに冷えた事だし、
そろそろあったかい中に戻るとするかな。そしてキューッと熱燗を一杯…」
手でおちょこを作って飲む真似をするガレスに僕は苦笑する。
「ガレスの場合、一杯が十杯になることが多いんだから、
あんまり飲み過ぎちゃダメだよ。明日は雪合戦だからね。」
「へいへい。おまえにゃかなわねーな。
んじゃ俺は行くが…おまえはまだここにいるのか?」
「うん。星ももう少し見たいし。」
「そっか…風邪、ひくんじゃねぇぞ。
ひいても、俺は手加減せずに雪玉を投げつけるからな。」
ニヤリと笑うと、ガレスはそのままドアノブに手をかけ、回す。
ドアが開かれると、外の冷たい空気を包みこむように、中の温かい空気が漏れた。
「あのさ、ガレス」
ドアに入るガレスの背中に、僕は言葉を放った。
「なんだ?」
「今日は…ありがとう。」
振り返るガレスと、僕の言葉が重なる。
それでも、精一杯の気持ちを込めた言葉はガレスに届いたようで、
ガレスはニッと笑った。
「その言葉…そっくりそのまま、あいつに言ってやるといいぜ。」
「あいつ?」
「ああ…おまえが沈んでるみたいなんで、
おせっかいかもしれねーけど、側に行ってやってくれって俺に言ってきたのは…
ティティスだからな。」
バタン、という音がして戸がしまった。
しばらく立ち尽くしていた僕は、ふいに、温かいものが胸に込み上げて来るのを感じる。
「……そっか…ティティスが…」
ふわりと舞った金糸の髪が、幻影のように僕の瞳に映った。
あの時は、悲しい色に見えたのに、
今は、とても温かい色に見える。
「お礼…言わなきゃね。ティティスにも」
まだ、暗鬱な気分が晴れた訳じゃなくて、どこかに…まだ暗い部分は残っているけれど、
前とは違って…希望が灯った気がするんだ。小さな、希望が。
温かな光を感じつつ、僕は粉雪の舞い降る夜空を眺めていた。
クリスマスのその日に。
Fin.