クリスマスのその日に




「あ…雪だ…」
漆黒の闇に包まれる空から、ふわり、ふわりと舞って来た白い雪に、僕は思わず声をあげた。
舞い降りる雪は、僕がもたれかかっているバルコニーの柵にも落ちて来て、
木で出来た柵の、黄土色の面積を白く埋めて行く。
「ホワイトクリスマス…になるかもね…。」
今日の朝、ティティスたちが騒いでいた事を思い出して、僕はクスリと笑った。

今日はクリスマス。
世間一般でいろいろとイベントが催され、人々は華やかさと楽しさに、少なからず弾んでいる。
それは傭兵の中でも同じで、みんなどこか落ち着かなさげに、あちこちと動き回っている。
だけど、みんなに反して……僕は憂鬱だった。
いつも、この日になると迫ってくるんだ。
期待と希望を持って、クリスマスを楽しみにしていた頃の、僕の思い出が。
そして、それが絶望と悲しみに変わる時の、僕の気持ちが。
鮮やか過ぎるほど甦って来ては、僕を苦しめる。
その辛さから逃れたくて、僕は、個室より広々とした空が見える、
二階の食堂にあるバルコニーに一人、立っていた。


「あれ?ジョシュア、こんなところにいたんだ。」
ひらひらと降っていた雪が、少し勢いを増して降り注ぎ始めた時、
聞きなれた声と、ドアが開くギィッという音が同時に聞こえて来た。
「うん…まあね。」
彼女の気配が近づいて来ていたのは、さっきから分かっていた事だから、
僕は別段驚きもせずに普通に振り返る。
しかし、その僕を見た彼女は一瞬にして目が点になったようだった。
「……ジョシュア…頭、雪だらけよ…」
「え?」
言われて、頭を触ってみると、サラサラとした冷たい感触があり、それがぽろぽろと下に零れ落ちる。
どうやら、気付かない間に、僕の頭に雪が降り積もっていたらしい。
なんだか間の抜けたところを見られたみたいで、バツの悪い思いをしている僕を気にすることなく、
彼女は、「なんだか白髪になったみたいね。」、と笑いながら僕の頭に積もっていた雪を
丁寧にはらってくれた。

「それで、僕に何か用だったの?ティティス。」
一通り雪をはらい終わり、横で柵から身を乗り出して町を眺めていた彼女に僕は言った。
「うーーん?別に用ってほどのものでもないけど…
ほら、ジョシュア、今日一日なんとなく元気なかったじゃない。
だから、どうしたのかなと思って。」
相変わらず視線は町に向けたまま、彼女は応えた。
「…そう…かな?これでも、普通のつもりなんだけど…」
本当は、“普通”なんかじゃない癖に、僕はそう言った。
それは、自分自身を話す事への恐怖なのか、見栄を張りたい男の性なのか…
どちらにせよ、彼女に話すことはしたくない、というより…できなかった。
「ふーん、そっか。それならいいけど…。」
彼女は、問い詰めるでもなく、ただそれだけ言うと、黙りこくってしまった。
場を、なんとも喩えがたい沈黙が支配する。
どちらも話さないのだから、当たり前といえば当たり前なのだけれど、
僕にとっては、重い事この上なかった。
「…そういえばさ、さっきキャスの泣き声が聞こえたような気がしたんだけど…
どうしたのか、ティティスは知らないかな?」
この沈黙を打開するために、なんとか今までの記憶を探り出して話題を振る。
唐突な僕の発言に、初めティティスはきょとんとしていたが、
やがて、「ああ、あれね」と心底呆れた表情をした。
「キャスがさ、雪が降ってるっていうんで、はしゃいで外に出ていったのよ。
そしたら、ちょうどぬかるんでた土に足取られて、すべって転んでどっぴんしゃん。
全身泥だらけになって、泣いちゃったってわけ。」
「あははっ、キャスらしいね。」
僕が笑うと、彼女はあからさまにむっとした顔をする。
「笑い事じゃないわよ〜。その後、泣くわ喚くわで宥めるの大変だったんだから…
ジュランが『たい焼き』買ってこなければ、今でも喚いてたでしょうね…。
まったく…キャスったら…」
それからも彼女はブツブツと呟いてたけれど、僕はなんだか優しい気持ちになった。
なんだかんだ言って、ティティスはジュランの次にキャスの面倒をよく見ている気がする。
けんかするほど仲がいいってよく言うけど、この二人こそ、その表現通りかもしれないな。
なんてぼんやり考えていると

「ティッティッスーッ!!もうそろそろ時間だよーーーーっ!!」

という張りのある元気な声が、どこからとなく聞こえてきた。
「うーーん、今行くわーーー!!」
彼女も大声ですぐさま返事をする。
「そっか、ティティスは今日も任務だったね。…確かお城の見回り…だったっけ?」
僕が思い出しながら聞くと、彼女はうんと頷く。
「まったく、クリスマスの夜だっていうのに、今日も任務なんてツイてないわよね〜。
こういう日ぐらいは、休みたいものなのに…ま、ぐたぐた言っててもしょーがないわね。
さっさと行ってちゃっちゃっと終わらせて来るわ。」
「うん、いってらっしゃい。」
ドアノブに手をかける彼女の背中に一声かけると、
彼女は僕の声に反応するかのようにピタリ、と動きを止める。
「…?どうかした…?」
急に静止した彼女に戸惑って訊ねる僕に、彼女はゆっくりと口を開いた。
「あのさ…ジョシュア…」
冷たい風がひゅうっと、僕と彼女の間を通り過ぎ、彼女の金糸の髪を揺らした刹那、
その言葉は紡がれた。


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