笑顔の下に
一人の少女が目の前のドアを真剣に凝視していた。
澄んだ空のような青い髪と大海のような翡翠の瞳を持つ彼女、
お日さまの国のふたごのプリンセスのひとり、レインは静かにドアをノックした。
「どうぞ」
ドアの向こう側から聞こえてきた少年の声にレインの全身に緊張が走った。
自分を落ち着かせるためいつもよりも大きな動作で深呼吸を一つすると、
レインは気合を入れてノブを引いた。
「プリンセス・レイン。よく来てくれたね」
ドアを開けた瞬間、朗らかな声がレインを迎え入れた。
中を覗くとベッドに上半身を起こした状態の宝石の国の王子ブライトが居た。
「さあ、こちらへどうぞ」
そう言って、ブライトはベッドの横に置かれた椅子を指し示した。
レインは一笑すると、ブライトの促しに応じ椅子に腰掛けた。
「お加減はいかがですか?」
「うん、大丈夫。もう、なんともないよ」
いつものようにブライトはやさしく微笑む。
それを見て、心底安堵したレインは一気に全身の力が抜けた。
ファイナルプロミネンスでおひさまの恵みを復活させてすでに三日が経っていた。
7つの国も元の穏やかな生活を徐々に取り戻しつつあった。
ブラッククリスタルに取り込まれたブライトは力を奪われたせいもあってか
回復に時間がかかっていた。
そんな中、ブライトから招待を受けたのはつい昨日のことだった。
「急に呼び出して悪かったね」
すまなさそうな顔をするブライトに、レインは慌てて頭を振った。
「そんなことありません!!ただ――」
一瞬の逡巡、しかし、レインは意を決して言葉を続けた。
「どうして・・・私だけが呼ばれたのか・・・わからなくて・・・・・」
レインは僅かに俯いた。膝の上に乗せた手に少なからず力が入る。
ブライトの招待状はレインだけに送られてきた。
いつもならふたごであるファインも呼ばれるはず――
ブライトの気持ちを知っているレインだからこそ、
疑問がずっと頭の中を擡げていた。
気まずい雰囲気があたりに満ちる。
視線を合わすことが怖くて、レインは顔を上げることがなかなか出来なかった。
自分で話題をふっておいてこのざま・・・少し情けない思いが胸の内に沸いた。
どうしたらよいものか、とレインが思案しようとしたそのとき――
「君に、どうしても聞いてほしいことがあったんだ」
その真摯な声にレインは思わず顔を上げた。すると、ブライトの深紅の瞳が真直ぐに自分を見ていた。
驚きと戸惑いが交錯する頭とは対照的に胸は少し熱くなっている自分を感じた。
「はい・・・」
ほとんど無意識のうちの承諾の意がレインの口から洩れる。
それを待っていたかのようにブライトは「ありがとう」と一言放ち、静かに語り出した。
「僕は闇の力に操られていた、とほとんどの人が言う・・・
でもあれは紛れもなく、もう一人の僕自身だったんだよ」
ブライトの両の拳が堅く握りしめられた。
「周囲の期待に応えるために僕は理想の王子を演じていた・・・
そんな中で自分の力と向き合ったとき、己の無知と無力に初めて気が付いたんだ――とても情けなかったよ……」
自嘲を言の葉にのせ、ブライトは薄く笑う。
「闇の力を得ていざふるまってみても、結局、元の僕となにも変わらなかった・・・空回りして・・・ついには、ひとりになって・・・・・・」
淡々と言葉を紡ぐブライトの姿に、レインは胸が切なさでいっぱいになった。
闇に落ちるということがどういうことなのか――その重さに初めて気が付けた気がした。
「レイン」
唐突に名を呼ばれて、半瞬、レインは反応に遅れた。急いでブライトを見やると、穏やかな深紅の眼差しが一つの疑問を投げかけた。
「どうして人は自分を見失わずに生きていけると思う?」
レインは小首を傾げた。答えもさることながら、彼の意図も分からなかった。
その反応が予想通りだったのか、ブライトはやんわりと苦笑した。そして、彼はゆっくりと口を動かした。
「自分を信じるってことは、本来とても難しいことなんだ・・・この世でいちばん信じられないものは自分自身なんだから・・・・・・」
確かに、とレインは思った。まだぼんやりとではあるけれど、素直に納得できることであった。いままで真剣にそんなことを考えたことがなかったのが正直な所で、
逆に、どうして自分はそうあれたのかを不思議に思うくらいだった。
そんな思考をしていたら、ブライトが何かを言おうとしているのに気が付き、レインはそっと耳を傾けた。
「闇の力を使い続けていくなかで、僕はただ、一つのことを求めていた……」
語気にさらに強い感情をこめて、ブライトは言い放つ。
「認めてほしかった……僕は僕のままでいい…その言葉がほしかったんだ……」
ブライトの双眸が閉じられた。そして、再び開かれたそのとき、彼の深紅の瞳に新たな光をレインは見た。
「人は自分を想ってくれている誰かがいるから、自分を信じることができるんだ――」
瞬間、レインの心にあった靄が一気に晴れた。
――そうか…そういうことなんだ
レインが自分を疑うことなくいままでこれた理由―それは、"ふたご"
であったからだ。生まれ出でた時から他の人にはない "絆" を持っていた。どんなときでもいつもファインが傍にいたから――
ふと、レインは何かを感じて少しだけ視線を上げた。するとそこには、自分を真直ぐに見詰める深紅の眼差しがあった。
「闇の中で自分を見失ってしまった僕に最初の光を灯してくれた人がいた――レイン、君の声が、聞こえたんだ」
レインの翡翠の瞳が大きく開かれる。
「君には心から感謝してる――」
そのとき、レインの胸の鼓動が激しく高鳴った。
穏やかで優しい笑顔。
けれど、レインははっきりと感じた。
その下に隠された微かに残る哀しみの哭を――
そして、レインは理解する。
ブライトはこれからずっとこうやって笑っていくのだ、と。
闇に囚われたこと。それが原因とはいえ、人を苦しめ、傷つけたということ。それは逃れたくても逃れられない事実。
この罪を背負ってブライトはずっと生きていかなれければならないのだ。
――ずっと側で見守ってあげていたい
心から、レインはそう思った。
何がそうさせたわけではない。自然とレインの手は伸び、
ブライトの堅く握り締められた拳の上にそっと重ねた。
「あなたは過ちに気がついた。
だったら、これからゆっくりと、やり直せばいいんです」
澄んだ翡翠の瞳がブライトを見詰める。
「皆、ブライト様の力になってくれる――もちろん、わたしも・・・・・・」
柔らかにレインは微笑む。その笑顔は優しさと温かさに溢れていた。
一瞬の瞠目の後、ブライトの表情は穏やかなものへと変わった。
「ありがとう――レイン」
繋いだ手に互いの温もりを感じる二人。
新たな絆がここから始まった。
漣さんのサイト様でフリーになっていた小説をありがたく頂いて参りました。
アニメではうやむやにされていましたが、
実のところ彼は「自分を認めてもらいたいがために」闇に染まってしまったのですよね。
その告白を人にするのはとても勇気がいることです。
でも、それを聞いたレインはしっかりとブライトの言葉を受け止め、前に進む手助けをしようとしている。
私が望んでも得られなかったラストがしっかりとしたテーマをもって描かれていて
とてもとても・・・感銘を受けました。
新たに始まった絆。理解してくれる人を得たブライトはこれからどんなことがあっても
闇に再び染まることは無いでしょう。
過去にしたことは大きいけれど、それをバネにして彼は成長できたし、またこれからも成長できると思います。
こんな素敵な小説を残してくださった漣さん、本当にありがとうございました。
素材は創天さんからお借りしました。ありがとうございます。
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