SAMBA!


「お疲れ様、お兄様。お茶を持ってきましたわ」
コンコン、とノックをしてそう言葉を告げたアルテッサは承諾を待たずにドアを開けて、
持ってきたカップを落とさないように慎重にドアを開ける。
するとそこには、まるでアルテッサの声を聞いていなかったかのように、
一心不乱に書類整理をしているブライトの姿があった。
いや、彼は本当に、人が入ってきたことさえ分からないのだろう。
目の前の書類をくいいるように見つめ、作業に没頭している兄の姿に
アルテッサはふと小さく苦笑の笑みを漏らした。

ふしぎ星を襲ったあの一連の事件が終わってから、大分日が経った今、
事件なんてまるで夢か幻だったのではないかと思うほど平和な時が流れていた。
しかし、操られていたとはいえ、事件のきっかけを作ってしまったと自負しているブライトは、
せめてもの罪滅ぼしにと、今まで以上に国に対する仕事を自分から請け負うようになっていた。
それを察しての父王の配慮もあって、必要な書類整理やちょっとした会談等を任されるようになり、
結構、いや、遥かに忙しい毎日を送るようになっていたのだった。

妹としては、あまり構ってもらえないので、寂しいけれど、
真面目な兄の性分上、こうと決めたら動かないことは知っている。
ワガママをいって困らせたくはないので、今は静かに応援に回っているのだが・・・
(でも、あまり頑張りすぎもよくないと思うのですけど・・・)
近くに来てもまるで気づかない兄の姿を見て、アルテッサは内心ため息をついた。
そして、そんな兄にも聞こえるように、いつも以上にトーンを高めに、大きな声でいった。
「お兄様、お茶が入りましたわ。そろそろ休憩しませんこと?」
「・・・あ、ああ、アルテッサか、びっくりしたよ。」
案の定というか、やっとというべきか、ブライトはやっとこちらに気づき、
今まで気づかなかったという心底からくる驚きの声をあげて顔を上げた。
「もう、お兄様はいつも根詰めるから、よくありませんわ。たまには息抜きしませんと、体を壊してしまいますわよ」
ここぞとばかりにぐいっ、と顔を近づけて詰め寄ると、兄は困ったなというような笑顔を作って、
まだ持っている書類へと目を落とした。
「うん、心配してくれてありがとう、アルテッサ。でも、やることはたくさんあるからね。
今まで、迷惑書けた分、頑張らないと。」
そういって、また書類へと手を動かしはじめた。
(ほんとにもう、お兄様は真面目すぎて・・・優しすぎますわ・・・)
また動きはじめた兄の手を見て、アルテッサは思う。
ふしぎ星を危機に陥れてしまったのは自分だと責めて、自国だけじゃなく、他の国や王宮にまで
くまなく謝罪してまわって、大勢の人から笑顔で許しの言葉をもらったというのに、
まだ攻めているのだ、自分がしでかしてしまったことに。
だから、とにかく行動したい気持ちは分かる。
しかし、根を詰めることはよくないことも同時に分かるのだ。
アルテッサは素早く手を動かすと、タイミングを見計らって、絶え間なく動く兄の手を握った。
「でも、折角お茶を持ってきたんですもの。特に今回は新しいお茶をブレンドしてみましたの。
お兄様には。冷めない内に飲んでいただきたいわ。」
ちょっと潤みがちな目で、しっかり手を握ってそういう。
優しい兄のことだから、自分がそうすれば、必ず来てくれることを計算しての方法で、
あまり使いたくない手だったけれど、頑固な兄の体を休ませるのには効果があるのだ。
すると、予想通り、ブライトは「そうだね、じゃあ、頂こうかな」と半ば苦笑しつつ、ティーカップに手を伸ばした。
「うん、美味しい。やっぱりアルテッサの入れるお茶は美味しいね」
「そういってもらえると嬉しいですわ。今回はカモミールを少々多めにしたんですの
今のお兄様に必要なリラクゼーション効果も抜群ですのよ?」
おどけていうと、ブライトはただ笑ってカップを口元に運ぶ。
他愛ないことだったが、ただ兄と話す、それだけでアルテッサは嬉しかった。
「・・・そうそう、そういえば、お兄様、昨日ファインとレインからもらったお手紙をお渡ししましたけれど、
ちゃんと読みました?」
「え・・・昨日?」
きょとん、とした仕草は紛れもない本物で。これは読んでないに一万票だとアルテッサは頭をかかえた。
いつもなら、しっかり目を通して翌日には返事まで書いている兄らしくない行動は、
兄がかなり疲れていることを指し示しているようだった。
「ええ、昨日確かにお渡ししましたわ。お兄様が作業途中だったから、
いつも通りのその一番目の机の引き出しの中に入れておいたはずですけれど・・・」
「え・・・あ、うん。あった。あった。ごめん、アルテッサ。全然気づいてなかったよ・・・」
顔全体に申し訳ないという表情をありありと示したブライトの手の中にある手紙は、
いつのまにか封を切って、中の手紙を取り出す所まで進んでいた。
休むことはしないのに、物事の効率を優先させるクセがついてしまっている兄の姿を見るアルテッサは、知らず知らずのうちに盛大なため息を漏らしていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ど、どうしたんですの!?お兄様!」
しばらく手紙を読んでいたブライトの顔は見る見るうちに蒼白になったかと思うと、
へたり、と椅子に座り込んでしまった。
尋常ではない兄の状態に慌てて手紙をひったくって、読んでみると、そこには
丁寧にしようと努力した文字でこう書かれてあった。

「招待状。
○月×日、我がお日様の国で、サンバダンスパーティを開催します。
堅苦しいものではなく、親睦を深めるためのみんなで楽しく、を趣旨とするものですので、
是非ご参加下さい。
※衣装等はこちらで用意致します。」

絶対来てくださいね!レイン
ブライトも来てね〜ファイン 
  

おなじみの2人らしい文字で書き添えてある文章は、二人らしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
「サンバ」といったら、以前闇化したときにいろいろあって、トラウマとなり、
今では、その名称をいうだけで、固まってしまう兄ではあるが、
これをきっかけに仕事を休めるかもしれない、というだけでアルテッサにはありがたかった。
あの兄のこと。2人に頼まれたとあれば、断ることはできないはず。
「サンバといっても、以前のことを蒸し返すようなことじゃないと思いますわ。大丈夫ですわよ。お兄様」
多分、この2人のことだ、今はこうでも、開催されれば、兄も楽しくなるパーティになるに違いない。
そう確信したアルテッサはほっとした面持ちで、冷めかけていたティーをまた温めるべく、更にカップに継ぎ足した。

……このあと、パーティ本番まで本人の苦悩はつづいたようだが、
当日には晴れやかな顔をして帰ってきたあたり、どうやら上手くいったらしい。
「やっぱり、私のカンはあたっていましたわね」とアルテッサがほくそえんだのは言うまでもない。


fin

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