「ふう・・・困りましたわね・・・」

冬の寒空に響く一息のため息。
それは今しも泣き出しそうな灰色の雲の如く重く重〜くのしかかる。
美しい眉をめずらしく顰めている姿が、とても珍しかったのと、少しの好奇心から話を聞いてみたのが、そもそものはじまりだった。


パジャマでゴー!


「どうしたの?シャロット〜。そんなに困った顔して〜」
なんかあったのかな、とわたしが話しかけると、シャロットは驚いた風にこちらを振り向いて、
少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「あ、あら、セイニーさん・・・聞こえていたんですか・・・・」
「うん、だってでっかいため息だったもん。・・・どうかしたの?」
手にあるそのモノをさっと後ろに隠して気まずそうにしてるシャロットを
大して気にせずに尚問いかける。
シャロットみたいなタイプは下手に探ろうとしないで、ありのままを言った方が、
疑問に答えてくれるんだ。
案の定、上手い逃げ口上も見つからないシャロットは観念したのか、
おずおず・・・と気まずさを引きずりつつも、先ほど隠したものをまた元の位置に戻して、
また1つ、小さなため息ついた。
「・・・セイニーさんも知っていますよね。あの、コーヒー店であっているキャンペーン・・・」
「ああー、あの、コーヒーを5キロ以上買った方にはもれなく何かもらえるって奴?」
結構シャロットはああいうキャンペーンというのが好きだ。
主婦感覚って奴だろうか、何かもらえるのなら、ついでだしそれで買っちゃいましょうって奴。
・・・その5キロはどこへいくのか・・・っていうのは考えてるんだか、考えてないんだかわかんないんだけどね。
そんなわたしの思考を無視して、シャロットはまた眉をしかめつつ続ける。
「そうなんです。それで、今回はパジャマがあたる・・・というキャンペーンだったので、
その・・・リビウス様に贈ろうと・・・思っていたんですけど・・・」
ごそごそ、ばっ、と緩慢なようで素早い動作で目の前に広げられたそれは、
思わず目が点になるには十分の理由があった。
「間違って・・・サイズをLLにしてしまったようで・・・」
よよよ・・・と泣き出しそうな表情で嘆くシャロットの目の手には


ピンクでハートのパジャマ(しかも二着)が。


しかもでかい、異様にでかい。なにこのでかさ。
今そこにある窓なんて余裕で覆いつくせるようなでかさにはトールマンもびっくりだ。
しかも、ピンク。ハート・・・。
「・・・こりゃまた凄いねー・・・」
凄いってより怖い。
「はい、柄はともかく、こんなに大きくてはリビウス様では入らないかと・・・」
「いやそりゃ入らないだろうケドって、えええええーーーー!?突っ込むのそこ!?
柄はともかくって柄はいいの!?

「え?だってかわいらしいじゃありませんか?」
「かわいいはかわいいけど、そりゃ着る人にもよるって!
想像してみてよ!!あのリビウスがピンクのハートのパジャマ着てるとこ!」
しばらくの沈黙。
するとシャロットは頬を染めて斜め45度傾いた乙女の視線を称えて呟いた。
「・・・かわいらしいと・・・思いますわ・・・」
「いいの!?それでいいの!?
しかもなんか“かわいらしい”に当社比90%くらい情感篭ってない!?」

「リビウス様は何を着てもお似合いになると思いますわ」
・・・きっぱり言い切るシャロットの瞳には迷いなんて一欠けらもなく・・・
つっこんでもこちらが疲れるだけだと悟ったわたしはそれ以上つっこめなかった。
・・・多分シャロットは、リビウスがウェディングドレス着ても似合うとかいいそうだ。
・・・恋する乙女ってわかんない。
ティティスやアルシルもそーなんだろーか。
あとで聞いてみようと固く決心するわたしに構わず、恋する暴走乙女、シャロットは
さっきとは打って変わった曇り空な表情を浮かべる。
「でもかわいらしいとはいえ・・・サイズが違うのを二着もお送りしても着てくださらないと思いますし・・・」
そもそも、柄の時点で着ないと思う。と心の中でつっこむ。
「困りましたわね・・・セイニーさん知りません?サイズがLLでこのパジャマを着れそうな方・・・」
うわ、話題を振られた。いや、この状況じゃ当たり前なんだけど・・・
何かというとまたつっこみトークになりそうなので慎重に言葉を捜す。
「うーんそうだねぇ・・・柄的にはハヅキやキャスが一番いいと思うけど・・・サイズがダメだし・・・
やっぱサイズが問題だねー・・・。LLっていったら、ガレスくらいしか・・・」
しまった。そう思ったときにはすでに遅し。
シャロットは何か宝物を見つけた子どものように目をぱああああっと輝かせていった。
「そうですわ!ガレスさん!!ガレスさんがいらっしゃいましたわ!
そういえば、最近パジャマが破れてしまったそうですし、丁度いいかもしれませんわ!」
「いや、でもガレスは着ないと思うなー・・・その柄じゃ」
「大丈夫です!ガレスさんが着るには少々むさ苦しさが増すようなものですが、
我慢できる程度ですから!」

なにげにすごくひどいこと言ってるのに気づいてるんだろーかこの人。
「いや、そっちの問題じゃなくてっ!ほらっ!二つはいらないと思うんだ!あのガレスだし!」
「大丈夫です。予備でもっておけばいいことですし。
ああ!それならお師匠様に一着差し上げてもいいですわ!
お師匠様もちょうど新しいパジャマがほしいってぼやいていたことですし!それなら万事解決ですわ!」
「いや、でもガレスは正直ひくと思うよー!」
わたしの必死の叫びにもシャロットは動じない。
「大丈夫です!お師匠様から頼めば、ガレスさんは快く快諾してくださいますもの!
そうですわ!それが素晴らしいですわ!
セイニーさん相談に乗っていただいてありがとうございます!
私さっそくお師匠様に頼んでみますわね!」
そういうと勢いにのったまま、止めるまもなくシャロットは部屋を後にしていってしまった。

ひゅるり。

正しく嵐が去った後の部屋に、木枯らし1つ。
寒さにも強い私がめずらしく寒いと思ってしまったのは・・・
多分これからのオヤジたちのパジャマ姿を想像してしまったからだということで
間違いはないだろうなー・・・。


ふぃん。



あとがき。
二年前くらいに描いたものです。
元ネタは綾木さんが描いてくださったハートのパジャマガレス(笑)
今見るとノリがおかしいですが、まあこれも一つの時代だったということで、記念に載せてみました。

top + novel