How to make of the prince


柔らかな音が耳に心地よく響き、
体全体がまるでその音楽の一部になったかのように軽やかに舞った。
やがて、パンパンッと拍手のような合図が響く。
「はい、今日のレッスンはここまで。
よくできましたね。このステップは大人でも根をあげるものなんですよ」
穏やかな微笑を浮かべて、先生と呼ばれたほっそりした女性は言った。
いつもは厳しい先生の、含みの無い純粋な褒め言葉に、
ブライトは頬と気持ちが紅潮するのを感じた。
(これで、またおかあさまに喜んでもらえる!)
母の、あのつった目の形に、喜びの色を宿した深い緑の瞳を瞬時に見た気がした。

ブライトは最初ダンスに対しては何の感慨も持ち合わせていなかったが、
一度レッスンしてもらったダンスを母に見せると、
母……カメリアが大喜びしたことにより、幼心に母を喜ばせたいという理由から
めきめきと腕をあげ、まだ幼い年齢ながらも今では大人のステップを教えてもらえるほどに上達した。
大人のものとなると、かなり難しくなり、失敗も多くなる。
しかし、達成した時の満足感は最高のものだ。
そして、それを見て母が喜ぶならば、なおさら。

(はやく、はやく、見せたい!)

挨拶もそこそこに、ブライトはレッスン場を飛び出し、一目散に母の元に向かった。
自分のダンスの上達を、誰よりも喜んでくれる、母の元へ。
この姿を見たら、王子たるもの廊下を走るものではない、と世話係にきつく戒められそうだが、
そんなことを気にしている余裕はあいにくブライトにはなかった。
ただ、あるのは、母の喜ぶ顔だけ。
会ったら、お母様はなんて思うだろうか、
「難しいステップを覚えたんだよ」って誇らしげに言ってたら、どんな顔をするのだろうか。
考えただけで嬉しくなる。
走り続けているせいで心臓が早鐘のようになるのも、
喜びの前のドキドキにかき消され、苦にならなかった。
ブライトは両親がいる玉座の間に一目散に駆け寄り、ドアに手をかけ……たところで
動作が止まってしまった。
中で誰かが言い争っている声がしたからだ。

(?おかあさま……?)

尋常じゃない声色ドアを細く開けてそっと様子を窺がうと、
今正に口論中といった両親の顔が目に飛び込んできた。
「どうしてなの!?どうして今日なの!?今じゃなきゃダメなんてあんまりじゃない!」
「しょうがないだろう、カメリア。工場の精製機械に問題が生じてしまったんだ。
早く対処しないと、問題がもっと大きくなってしまうんだから」
「だからって……だからって、何もあなたが行くことないじゃない!
今日は大事な、7つの国が親睦を深めるパーティの場なのよ!?
それなのに、私1人だけで行けというの!?
いつも、いつもそう!いつもあなたは直前に話をご破算にするのよ!」
カメリアの声は甲高く、ヒステリックにでもなる寸前というところまで動揺しているようだった。
アーロン王は困ったように、ただ立ち尽くしていたが、
静かに優しく、カメリアの肩に手を触れた。
「分かってくれ、カメリア。
これは国の一大事なんだ。事によると、他の国にも迷惑がかかることになる。
7つの国は全て役割を担ってふしぎ星を治めているんだ。
この国とて同じ。この国の危機はふしぎ星全体の危機なんだ。
その危機を乗り越えるために、どうしても私はいかなければならない。分かるね?」
子供をあやすような声と口調で、アーロンはカメリアをなだめた。
カメリアはむすくれた顔をしてはいたが、更に言い募るようなことはせず、ただ黙って下を向いていた。
「だから、今日のパーティは気がひけるのだったら出なくてもいいし、
気が向いたら出てもいい。君の望むとおりにするといいよ」
無言という静寂を、是としたのか、アーロン王はカメリアの頬に軽くキスすると
慌しくその場を去っていった。

あまりの出来事に呆気に取られたように父の後姿を見送っていたブライトは
ハッと我に返ると、再びドアの向こうにいるであろう母の姿を見た。
母はしばらく下を向いて、突っ立っていただけだったが、
やがてくずおれるようにどさりと座り込んでしまった。
「あの、おかあさま……」
母の打ちひしがれた姿にいたたまれなくなったブライトは
自分の背より高い手すりを器用にそっと持ち、遠慮がちにドアを開けた。
ハッとしてカメリアがこちらを向く。
その目は涙で濡れていた。
「ブライト……」
ほっとしたような、でもどこか悲しさを含んだような声で、カメリアは自分の息子を見た。
「あの……だいじょうぶですか?」
心底心配そうに母に声をかけ、顔を覗き込む。
小さな息子の優しい行動に、カメリアはふっと優しい笑みを浮かべた。
「ええ、大丈夫よ。ごめんなさいね。心配かけて
それより、何か私にご用かしら?今はダンスの練習中じゃなかったの?」
素朴な疑問の言葉に、ブライトは自分がやってきた本当の理由を思い出す。
「えっと……あの、ダンスの練習はさっき終わりました。
そして、僕、新しいステップを覚えたんです」
先ほどの口論がまだ頭にこびりついているからだろうか。
言葉がスムーズに出てこない。
しかし、たどたどしく言葉を紡ぐ息子の姿に、カメリアもだんだん落ち着きを取り戻してきたようだった。
「そうなの……どんなステップを覚えたの?
お母様に見せてくれない?」
「はい、喜んで!」
優しい瞳になった母の姿を見て、ブライトもパッと顔を明るくする。
てててっと小走りで部屋の真ん中に行くと、
軽やかに舞いだした。

時に軽快に、時に緩く。
音楽が聞こえているように、その姿は小さいながらも鮮やかだった。
まるで羽でも生えたように、足取り軽く覚えたステップを刻む。
最後に軽く、たんっと足を綺麗につき、踊りが終わった。

「おかあさま、どうでした?」
踊り終わったからか、動機で少し声がうわずっている。
しかし満足げに放った言葉と姿は、王子というに相応しい輝きをもっていた。
「すごい……すごいわブライト!」
カメリアは最初呆けたように息子の姿に見とれていたが、
我に返ると、無我夢中で息子に駆け寄り、力いっぱい抱きしめていた。
「さすが!さすがよブライト!さすが私の息子だわ!!」
ブライトは照れと誇らしさで胸がいっぱいになった。
おかあさまが、ほめてくれた。
それだけで、なんとも形容しがたい幸福感が全身を覆う。
気まずさや、心配はどこかに吹き飛んでいってしまった。
「大好きよブライト!決めた!決めたわ!今日のパーティにはあなたを連れて行くわ!
あの人がいなくたってあなたがいれば、私は恥ずかしくも、寂しくもないんですもの!」
ぎゅうっとまた力をこめてカメリアがブライトを抱きしめる。
ちょっと痛かったけれど、抱きしめてもらえるのが嬉しくて、ブライトはなにも言わずに
されるがままだった。
「そう、あの人がいなくても……そう、あの人も……ねぇブライト」
カメリアは抱きしめていた体をつと離すと、ブライトの両肩に手を置いて、
真剣な眼差しで見つめた。
「あなたは、決してあなたは妻を置き去りにして、仕事に向かうような王になってはダメよ。
国民もだけど、肝心な、いつかあなたの隣にいるであろう女性の気持ちを大事にする王であってね。約束よ。あなたと、私の」
その声は厳しいものだったけれど、根は悲しさの塊なのだということが子供のブライトには直感的に分かった。
おかあさまは悲しんでいるんだ。おとうさまが一緒にパーティに行ってくれないから。
おかあさまがパーティをすごく楽しみにしていたのは知ってる。
それをダメにされて、凄く悲しんでいるのも。
だったら、そんな思いをおかあさまにさせ続けちゃいけない。
隣にいる人っていうのは良く分からないけれど、
僕はしっかりしなくちゃいけないんだ。
そう思うと、ブライトの心は熱く燃えた。
「……はい!」
燃える心のままに、母の手を握り返して、はっきりと宣言すると、
母は目を細めて頷いた。
「いい子ねブライト。じゃあ支度をしなくちゃね。
さあ、一緒に行きましょう。一番とっておきの服を出さなくちゃ」
そういうと、カメリアは涙を拭い、ブライトの手を取った。

fin






あとがき。
王子がどうしてあんなにフェミニストなのか(笑)という疑問を突き詰めてできた話。
以前、ふたご展示室に展示していたことがあります。
あの王子のフェミニスト加減、そして恋と憧れを勘違いした背景には、
こういった話があったんじゃないかなーと思ったんです。
王子は素直そうなので、親、特にカメリア王妃が喜ぶように
自分を形成して言ったんじゃないかな、と考えていたりします。
親の影響っていうのは絶大!
きっとその親の支配から抜け出た時が、王子が本当の「ブライト」という少年になった時だと思ってみたりします。

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