My Road



カタカタと穏やかな音をたてて、
荷物を積んだ荷車がこちらに向かってくるのが隠れている草かげの葉と葉の隙間から見えた。
荷車を操っているのは、麦藁帽子を被った中年の男性で、
これから起こるであろうことを微塵も予想していない、のん気な顔だった。
「いよいよだ、足ひっぱるなよ」
ひそりとした小声で囁かれた言葉に、少年は小さく頷いた。
緊張からか、恐怖からか、多分そのどちらからでもあろう湧き上がる感情に、
心臓は早鐘のように鳴っていた。
それに気をとられないように、あらんかぎりに眉間をよせて、
どんどん近くにやってくる荷車の荷台を見つめる。
こんもりと盛り上がったふくらみに、ぐるぐると丈夫な縄で縛り付けられた深緑のシーツがかけてある荷台。
それが、今回盗賊団のトップに指定されたターゲットだった。

(がんばらなければ)
少年はともすれば逃げ出しそうになる心を、諌める。
魔物に家族を殺され、路頭に迷っていた際に、
かろうじてもぐりこんだ居場所。それが盗賊団だった。
やらなければやられる。正に弱肉強食の世界で、必死に生きてきた。
今更、足手まといで捨てられるなんてことはしたくない。
それ以外に、生きる道がないのだから。

「今だ!かかれっ!」
荷車が、目印の大きな樫の木にさしかかった瞬間、
怒号のような大声が鳴り響いたと思うと、目の前にいたリーダーが一気に茂みから飛び出した。
少年も後に続く。
辺り一面の緑の視界から抜け出したあと、目に飛び込んできたのは、
周りに潜んでいた盗賊団の面々が一斉にターゲットである荷車を取り囲んだ場面だった。
荷車を操っていた中年の男が、ひええと情けない声をあげて、一目散に逃げていく姿が見える。
抵抗するならこちらもそれ相応に危害を加えるが、逃げていく奴をわざわざ追っていくことはしない。
あくまでも狙いは荷台にある高価な物品だ。それさえ手に入れば、用はない。
「よっし!野郎ども!荷物を運ぶぞ!」
リーダーの勝利宣言とも言える言葉に、団員はワッと荷台に押し寄せた。
(……うまくいってよかった。)
少年はほっと安堵の息をついた。
盗賊団に入ってから数ヶ月経つが、その間に地元の自警団等と幾度か
やりあったことがあった。
しかし、体力が無く、戦闘経験も浅い少年は生き残るだけで必死だった。
無事に仕事が上手くいくことほど、安心できることはない。そう思いながら、
我こそ先に一番よい品物を持ち帰ろうと、
荷台に群がる団員たちを、見つめた瞬間……

バシュッ!!

目の前の荷台から、まるで空気をつんざくような鋭い音が響いたかと思うと、
群がっていた団員の数名が、糸が切れた人形のように、その場にくずおれた。

「な……っ!?」

すると、驚く間もなく、荷台にかけてあったシーツが、内側からバサリと剥がされ、
2人の人間が、目の前に現れた。

「はい、盗賊団のみなさんざんねーん。今回はハズレだよー」
明るく張りのある声で叫んだ声の主の右手から、軽い空気の振動が見て取れる。
すぐに分かった。先ほどのアレは、魔法だ。そして、放ったのはその声の主だ。
「荷物に隠れるなんて、古典的だけど、いいアイデアでしょう?
 アテが外れたわね、盗賊団のみなさん。
 さーて、いさぎよく降参するなら今のうちだけど、どうする?」
もう1人の人間がすでに炎を纏った右手で面白そうに、しかし、明らかに敵意がこめられた声で
周りにいる団員達を見やった。

「くそ……っ傭兵団か……!!」

いまいましそうに舌打ちしたリーダーの言葉を聞いて、体が戦慄した。

『エステロミア傭兵団』

エステロミアの治安と平和を守るために組織された集団。
最近では、かの黒王までも倒したといわれる彼らには十分気をつけろ、とは
盗賊団の間ではもはや合言葉のように交わされるものだった。
その彼らが、今、正に目の前にいるのだ。
少年の頭は、真っ白になった。

「ここで退けるか……!かかれぇ!!!」

不安と恐れが胸中に渦巻く中、リーダーの号令が響いた。
目の前の団員が次々と2人に襲い掛かる。
「あーあ、降参する気ないみたいだよ?」
「しょうがないおバカさんたちね……じゃあこちらも全力でいかせてもらうわよ!
 ファイアブラスト!」
2人は傍から見ても、盗賊団の団員達とは違い、
息のぴったりあったコンビプレーで襲い来る団員たちを確実に倒している。
(勝ち目がない……!)
実戦を初めて見る少年にも分かった。こっちに勝ち目はない。
だけど、リーダーの命令は絶対だ。
例え下っ端でも、背けば、あとあと裏切り者としての粛清が待っている。
(行くしか……ないのか……っ?)
そう思って、無意識にリーダーの姿を捜し求めると、リーダーの姿が見当たらない。
疑問に思って後方を見ると、そこには団員を置いて自分だけ逃げるリーダーの姿があった。
「リー……」
酷い。何故自分だけ。
しかし、叫ぶ前に動いていたリーダーの脚がパタリと動作をやめ……
場に倒れ伏した。
「リーダー!?」
驚いた勢いのままに、全速力で倒れたリーダーに駆け寄ろうとした瞬間……
倒れたリーダーの向こう側にいる人影に、ギクリと足が硬直する。
赤い肩装甲に手に握られた剣。そして……燃えるような、赤い瞳。


こ  わ  い


禍々しさすら放つその瞳に、汗がドッと吹き出る
今まで生きてきた中で、はじめて感じる恐怖だった。
いや、恐怖という表現すら、ちっぽけに思えるほどの、圧力が少年の心を侵食する。
その人物はゆっくりと、こちらに向かってきた。
……実際ゆっくりではなかったかもしれない。
しかし、少年の目にはその人物が近づいてくる動作そのものが
スローモーションのように見えた。


こわい


こわいこわいこわい


だけど、逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
逃げたら、やられる……!!!

「うわああああああああっ」

ありったけの思いを振り絞って大声をあげると、
何も考えず、ただがむしゃらに持っていた小剣を手に襲い掛かる。


カッ!  キィン!!


しかし、既に軌道を逸していた小剣は、いとも簡単に弾かれ、
同時に、体も地へと叩きつけられた。
衝撃と恐怖で、体はそれ以上、動くこともできない。
近づいてくる気配に上を向くと、赤い瞳をした人物はじっと少年を見下ろしていた。

(ああ、もう、俺もここまでか。)

目を瞑って、自分の最後を覚悟した。
……しかし、いくら待っても、剣が振り下ろされる気配も、
危害を加えられる気配すらしない。
(……?)
おそるおそる、目を開けると、もう、そこには人物の姿は無かった。
まさかと思って、後ろを振り向くと、人物は意識の無いリーダーを背負って、
団員を粗方倒して、勝利宣言をした2人の仲間の方に向かっていくところだった。
「待てよ!」
考える間もなく、声が出た。呼び止められずにはいられなかった。
「どうして!俺を殺さない!!!」
本当は殺されたくない。
だけど、何もせずにそのまま放っておかれることは、屈辱以外のなにものでもなかった。
だからせめてものなぐさみで叫んだ。ありったけの、敵意をこめて。
その人物は徐に少年に向かって振りかえる。
赤い瞳が、揺らめく。
しかし、その赤さは先ほどの禍々しさを湛える真っ赤な、血の赤ではなく、
日が出る前の青さが混じった優しげな赤だった。
その人物は徐に口を動かすと、たった一言、いった。



『君に託すよ』



「ジョシュアーなにしてんのー?」

仲間の声に、人物はつと前を向いて、なんでもない、というと、
それ以降、二度とこちらを振りかえらなかった。


ジョシュア。
ジョシュアっていうのか。あいつは。

冷たく、固まっていた体が、徐々に熱くなっていく。
そして、今まで彼に受けたものを改めて噛み締める。
熟練した実力、
恐ろしいまでの威圧感。

『君に託すよ』

そして……あの言葉と、眼差し。

全てが圧倒的だった。
今まで生きてきた中での価値観を、その一瞬で覆された。
自分は彼に負けたのだ。存在そのものに、負けたのだ。
「……っくしょう」
少年は手を力の限り握った。延びてきていた爪が掌に食い込むくらいにきつく、きつく握る。
俺は確かにあんたに負けた。
だけど、

今度は

勝ってやる。


絶対に、あんたを超えてやる。
生き方価値観存在全て、あんたに、俺を認めさせてやる。
それが俺の……これから、生きる、道だ。


少年は、もう一度あらん限りの力をこめて手を握り、空へと、突き出した。



fin




ジオコン10周年記念CDノベルゲームに収録されている話にゆかりがある話です。
単品でも読めるのですが、ぜひしてない方にはしていただきたいな、
と思ったりなんだり(´v`)

ジョシュアの『君に託す』という言葉はどう捉えられるか様々だと思います。
個人的な意味はあるんですが、これは読んだ人に託されるものなのかな、と思ったので、
何も書かないことにします(^^;)

作品的にいうと、『風の歌』とはまた違った意味で異色の話かなっと思っています。
傭兵団を全く違う人物の視点で捉えるのは面白かったです。
またこういうのも書いてみたいですね。

top + novel