「あ・・・」
ざわざわと人がひしめく街中、ふいにミロードが声をあげた。
「?どうしたの?」
隣にいたハヅキが大きく膨れた紙袋に半分埋もれた顔を、
怪訝そうに、声を発した彼女に向ける。
連続で続いた任務の中、久しぶりの買出しに来ていた時だった。
そのハヅキの声に、ハッと我に返ったのか、人波の中、ある一点に集中していた視線を外して、
ミロードはなんともないという風に、事も無げにいう。
「あ・・・いえ、別に・・・なんでもないのよ」
「なんでもない?ほんとに?」
いつも物事をズバズバと切って喋るミロードにしては、
珍しくお茶を濁すような態度だったので、
声音を増して疑惑の槍を向けると、
彼女は苦笑して、迷ったように視線を彷徨わせたが、
言葉を発した時と同じように、ふと、どこか遠くをみるような目をして、
そしてゆっくりを口を開いた。
「・・・昔の親友のような人を見かけたのよ。ただ、それだけのこと。」
coffe milk
「・・・ミロードの昔の親友って?」
話せば長くなるから、あの店に入りましょう。といって、入った店は、
木製の椅子にテーブルという簡素な出で立ちのお店でカフェというより、大衆食堂といった雰囲気の店だった。
メニューを頼んで椅子に座ったあと、物思いにふけるように虚空を見上げているミロードにコーヒーが運ばれてきたタイミングを見計らって、ハヅキは聞いた。
人のことはツッコンでも、自分のことはあまり話したがらないミロードの昔の親友、
という話はとても興味深く、好奇心をそそられるものだったからだ。
対するミロードはええ、とまた感慨に浸っているように呟き、白いカップに入ったコーヒーを
ひとかきかき混ぜて、ミルクを容器から注ぎつつ呟いた。
それをみたハヅキがいささか驚く。
「・・・あれ?ミロードってコーヒーに何もいれない派じゃなかった?」
「・・・ええ、そうよ。でも、私が子供だった頃は、苦いコーヒーには、ミルクがないと飲めなかったわ。
ブラックなんて、どこが美味しいんだろう、飲む人の気が知しれないっていつもいいあってた。
その年の頃からの友達だったの、その”親友“は」
どこか昔を懐かしむように、かき混ぜられた余韻で渦の余韻を残しているコーヒーを見つめつつ、ミロードは話し出した。
「その“親友”はとても私に似ている子だったわ。
考えていること、やること。全てとはいえないけれど、とても似ていて一緒にいると、とても楽しかった。
違うといえば、私が上流階級の家柄で、彼女は平民の子だったってことくらいかしら。
でも、その頃はそんなことは関係なしに二人とも仲が良かったわ。」
家に出入りすると、親がいい顔をしないので、いつも野原や森に寄り道しては、いろいろと語り合っていた
おしゃれや楽しみのことから、家族のこと、将来のことまで話し合って、
時には日が落ちたのも気づかずにいて、遅く帰って親に叱られたこともあった。
「彼女とは本当に、仲が良くて、相手も私のことをとても大切にしていてくれたし、
私も彼女のことを大切に思っていたのよ」
ふわりと立ち上り、そして消えていく湯気を見つめてミロードは笑った。
温かさと、そして滅多にみせない寂しげな表情を浮かべて。
「・・・ずっと一緒にいると思ってたわ。その子と。たわいない話をしながら大人になっていくと思ってた。
でも、転機っていうものは、ほんとに突然訪れるものね。
その子はね、他の土地に転居することになったのよ」
そのことについて、びっくりもしたし、寂しいと痛切に思った。
だけど、二人の「親友」という関係は変わらないという心から、
笑顔で送り出すことができた。
遠いし、会えないけれど、いつも心は繋がっていると思っていたし
実際長い文章を綴ったパンパンに膨れた手紙の交流もやっていた。
「だから、安心していたのよね。ずっと、繋がっているって。」
ずっとずっと、緩やかであっても、この関係の糸は切れないと思っていた。
幼かったあの頃の私、幼かった私のココロ。
「・・・何か、あったの?」
話を止めてじっと固まっているミロードに対し、おずおずとハヅキが尋ねる。
ミロードはゆるゆると首を振ると、ゆっくりと、噛み締めるように言葉を発した。
「いいえ、“なにかあった”という訳ではないの。“何もなかった”のよ。
ただ、時が経って・・・そして疎遠になってしまったのよ、私と、あの子は。」
転居して一年、二年と時が経つにつれ、パンパンに膨れた封筒は、
どんどん薄くなっていった。
「最初はこっちが何か書いたら、あちらは手紙一枚分ほどの量で自分の考えや
近況も含めてびっしり返事をくれたけれど、
最後の方になると、ただ、こちらの話に二言三言、簡潔に答えを書くまでだった・・・
そして、ついに手紙は来なくなったのよ」
その子の両親の仕事は忙しいようだったし、
その子自身もその土地で仲の良い友達ができことも知っていた。
だけど、手紙が全く来なくなるなんて、思ってもみなかった。
こちらは退屈なお屋敷暮らし。成長とともに自由は奪われ、
窮屈な仕来りばかり唱えられる。
友達はいたけれど、その子のように何でも語り合えるわけではなかった。
「こっちは、家での暮らしがあんまりにも退屈なせいもあって、
ずっと手紙を書き続けたわ。その子に忘れられてほしくないっていう面もあったと思うんだけどね。
でも、返事が来ない手紙を書くのは私も辛くなって・・・
ついに、手紙を書くのを止めてしまったのよ」
自分の弱さだとも思った。けれど、何も利益がない・・・
返事が来ないのに、与え続ける、ということはもうできず、限界を感じていた。
「その子も義務で書いた手紙は欲しくないだろうし・・・ね。
そんな訳であの子との関係ももう無くなってしまった。
・・・時は残酷で、そして人間の関係というのは案外モロイということも気づいたっていう
教訓の話。と言うわけ。」
これでおしまい、と中途半端に終止符を打ったミロードは苦笑ともつかぬ表情で、
大して面白くもない話だったでしょ?と道化師のようにおどけた。
ふーん・・・と承諾したような返事を返したハヅキは、何の気も無いように
先ほど話の途中でテーブルに運ばれてきたサンドイッチを掴み・・・
そしてじっとミロードを見据えていった。
「・・・でもさ、だったらなんであの時、追いかけなかったの?」
折角見かけた親友だと思われる人なら、
ミロードの性格からして追いかけそうなものだ、というアクセントを含む言い回しと瞳に、
気圧されたようにミロードは一瞬目を見開いたが、すぐに息を抜いてやれやれ、という顔になった。
「さすがハヅキ、抜け目ないわね。
そうね。それだけだったら、私は追いかけているでしょうね。
例え本人だという確証が無くても、あなたを置いてでも一目散にいったかもしれないわ
でもね・・・私はもうあの子とはあの頃のような関係には戻れないと分かってしまったから・・・追わなかったのよ。」
手紙の行き来も耐えて暫くして、貴族の窮屈さに我慢の限界が来て家を飛び出し、
エステロミア傭兵団に入った頃だった。
「当時は現在よりクォドラン帝国軍残党がまだたくさん残っていてね・・・
私もよく駆り出されていたわ。・・・そんな時よ。彼女の書いた記事が新聞に載ったのは。」
名前を見たときまさかとは思ったが、調べてみたら本人らしいということが判明した。
昔の親友がエステロミアの地にいたということに喜ぶのも束の間、その内容に驚いた。
彼女の記事全文は今の王国を批判し、クォドラン帝国に全てを帰せよという内容のものだったからである。
「育った土地のせいなのかはしらないけれど、あんなに国が好きだった彼女は、帝国主義者に変わっていたのよ。
その時に本当に感じたの、もうこの子と元のように戻れないって、ことが。」
ずっと一緒だった私と似ている親友、だけど、再び触れたときは、全くの相反する人間へと変わってしまっていた。
人は変わる。誰もが。
離れれば離れるほどその距離は埋められない。
いや、もう離れたときから決まっていたのかもしれない。
お互いとも、どこか遠くにいってしまうということが。
「だから、追いかける気もないし、もう関わる気もないのよ。
・・・寂しいことだけれど、ね」
もうすっかり湯気が立たなくなってしまったカップを改めて持ちかえて、ミロードはいっきにコーヒーを飲み干す。
ミルクの優しい甘さと、コーヒーのほろ苦さが口中に広がった。
「・・・やっぱり、甘いわね。」
昔はちょうどよかった甘さが、今はとても甘く感じる。
自分もこの舌のように変わっているのだと思うと、寂しい余韻が胸の中に残った。
そんなミロードの気を知ってか知らずか、
いつのまにか平らげていたサンドイッチの最後のひとかけらを放り込んでハヅキがいった。
「・・・でもさ、昔は美味しかったんでしょ?」
「え?」
予想外の質問に不覚にもきょとんと動作を止めてしまうが、構わずハヅキは続ける。
「そのミルク入りコーヒーだよ。ね?どうなの??」
「え・・・ええ、まあね。昔はこれくらいが丁度よかったから・・・」
コップとハヅキを交互に見つめて答えると、ハヅキがにっこりと笑った。
「じゃあ、それでいいんじゃない?」
瞬間、ミロードはハヅキが何を言わんとしているかが分からなかった。
ハヅキはそんなミロードを知ってかしらずか、少しはにかんだように、続ける。
「んーと、友達もコーヒーも、昔良かったのなら、良かったんじゃないかなって。
思い出の中でそういう人がいるのって、俺・・・じゃなかった、僕は羨ましいな」
そう・・・今の味覚はかわってしまったけれど、確かに、昔はこの味がすきだった。
あの子も、確かに今は変わってしまったかもしれないけれど、昔は本当に“親友”だった。
その事実は事実だったのに変わりは無い。
時には苦く思い出されることがあったとしても、
同時にそれはミルクのように優しく、温かい思い出でもあるのだ。
苦いだけだった胸のうちがゆっくり、温かく優しくなっていく。
「・・・ふふ、ハヅキに一本、取られたわね」
「え?なにかいった?」
小さな笑いを含ませ、小声で呟くと、ハヅキがふいとこちらを見つめる。
内緒、と口に手を当てると、ミロードはふいと席を立った。
「おかわり、貰ってくるわね。今日は特別に貴方の分も。」
「へ?いいの?」
ほんとに?と屈託の無い表情をするハヅキにミロードはふわりと笑って頷いた。
「ええ、いいのよ、今日は私の奢りだから、もう少し、飲みたいのよ。
ミルク入りのコーヒーがね」
苦い記憶を甘い思い出と変えるように、たまには思い出してみるのもいいかもしれない。
誰かと共に甘いコーヒーを飲みながら。
あとがき
これは別に何があったという訳ではなく(苦笑)、
ある時ふいに思い浮かんだ郷愁と考えに身を任せて衝動的に書いたものです。
なので、「coffe milk」という題とテーマは最初からではなく、途中から思いついて書いたものだったり(爆)
因みに原題は「Some distance」でした。
ミロードとハヅキという組み合わせはごく自然に書いてましたね・・・
何か暗めな話なので、載せたらいかんかなーと思い、
密かにかじきまぐろさんの小説掲示板に投稿するだけにしていたのですが、
そこで綾木真理子さんと御蔭さんにイメージイラストまで描いて頂いてしまった(というか強奪した)ので
嬉しさのあまりこちらにも掲載することにしました♪(←安易)イラストも掲載掲載♪
お2人とも違った絵柄ですが、とても雰囲気よく描いてくださいました!
本当にありがとうございました!!
背景にはアトリエ夏夢色さんの写真を使わせて頂きました♪