明日になれば。



僕は・・・とても、疲れていた。
自分で言うのも、おこがましいかもしれない、だけど、本当に、心底、疲れていた。
なんだろうか、心に渦巻く不安やもどろどろとした怒りのようなものがないまぜになったような・・・
そういう感情がどこからともなく溢れ出てきて・・・止まらない。
昔は、よくこの感情に飲み込まれて、抜け出せないでいたけれど、
最近は随分減ってきて・・・そのまま、無くなっていると思っていたのに・・・
“それ”は突然襲ってきた。


(情けない)


こういう時、僕は、自分自身が心底嫌になる。
自分自身のことなのに、何もできない、なす術もない。
止めようと思っても、マイナスに膨れ上がった感情は僕の意思とは反対に
どんどんどんどん・・・増殖していく。
そのままだと、そのままでいると、みんなにも、迷惑を・・・危害を加えてしまいそうだったから、
僕は、そうそうにみんなのいる部屋を離れて、自分の部屋に篭った。


疲れというものは、本当に厄介で、自分の中にある黒い、見たくない感情も、
その激動の渦の中からひっぱりだしてきてしまう。
無理に忘れよう、忘れようとしても、そんな風に“思い出してしまう”ということが嫌で、
そして忘れようとしている自分が如何にも滑稽に見えて、また自己嫌悪に陥ってしまう。


アクジュンカンノクリカエシ・・・


ああ、僕は、僕は一体どうすればいい?
頭では分かっているのだ、こんなことを考えていてはいけないということは。
でも、僕はソレを押さえ込めるほど、強くは無い。強くなれない・・・
「人間はな、弱い・・・本当に弱い生き物なんじゃよ。」
誰かがポツリと漏らした言葉。
そう、そうなんだ・・・僕は弱いんだ。
だから、弱さを認めなければならないんだ。
認めて、そしてその弱い部分を助けてもらわなくては・・・僕は生きていけないんだ・・・。
でも、誰に助けを頼めばいい?
誰に、誰を、誰が
僕を助けてくれるんだ・・・?


ダレガボクヲ・・・


そう、ぐるぐると深い、深い渦に巻き込まれている時に、
僕の部屋をコンコン、とノックする音が聞こえた。
「・・・はい・・・」
自分でも、情けないとしかいいようがない声を絞り出すと、ノックの主は、
別にこちらに入ってくる様子も無く、しばらく沈黙があったあと、
思い切ったように口を開いた。
「あの・・・あたし・・・だけど・・・その、調子悪い・・・の?」
聞いていいのか、悪いのか、おもいあぐねた口調でポツリポツリと零れる言葉に、
僕は不思議と、温かいものを感じた。
「・・・うん・・・ちょっと・・・疲れてて・・・」
出すままに、思うままに言葉を口にゆだねると、
「疲れは体に溜まるからな。ちゃんとあったかくして寝るんだぞ」
ドアごしから、ぶっきらぼうだけれど、気遣いの或る言葉が聞こえてくる。
「そうそう、寝てしまえば、疲れなんてあっという間に吹きとんじゃうからねー」
明るくなれる、朗らかな声が聞こえる。
「くれぐれも無理しちゃダメよ。」
母親が子供を諭すような、優しい声も。
「うん・・・ありがとう」
いつのまにか、渦巻いていた僕の渦は速度を緩め、少しずつ、和らいで、
声も、最初発した時より、随分と落ち着けた。
「じゃあ、ほんとにまた、明日ね。」
みんなをまとめるように囁く声が聞こえたかと思うと、どやどやと足音が遠ざかっていった。

明日、か。
そう、明日になれば。
疲れも・・・いえるかな。
明日になれば、また、いつもの僕に戻れるかな・・・


『大丈夫だよ』


そう、みんながくれた優しい声に押されるようにして、僕はゆっくりと眠りについた。

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