「あ、シェイドお久しぶりねー。元気にしてた?」
扉を開けた向こうで、王室のソファにすわり、ひらひらと手を振った相手を見て、
俺はめまいがするかと思った。
……いや、実際したかもしれない、その証拠に、
気づけば額に手をあてて、ソファの角を手に体を支えていたのだから。
Pray 〜Shine Blue〜
『お日様の国のプリンセスがお見えになっています』
そう託を受けた際、咄嗟に何かあったのだろうかと思い、
予定を切り上げてやってきた結果、相手がのん気そうにお茶をすすっていれば、
眩暈もおこしたくなる。そう、これは当然だ。当然の反応なのだ。
しかし、目の前にいるおひさまの国の青い姫は
そんな俺の行動を微塵にも気にかけず、悠々とマイペースにお茶をすする。
そして顔をほころばせて一言。
「うーんいつ飲んでも、このミルクティー美味しいわー。
ね、今日お茶っ葉少しもらっていってもいい?」
「……おまえほんっとマイペースだな。
少しはペースをあわせろ。こっちの身がもたない」
はあっと大きなため息をついて、向かいの席に座る俺に、
青い姫は口を尖らせて何か言おうとしたが、それを許さず俺は最初から思っていた疑問を口にする。
「……で、今日は1人で何の用だ?
ファインはどうした?」
『お日様の国のプリンセス』はふたごで、だいぶ年が経った今も、
いつも一緒にいるのが通例なのに対し、
片割れの赤い髪のプリンセスが見当たらないのに内心首を傾げていた。
もしや何かあったのだろうか……
少しの不安を胸にそう聞くと、何が可笑しいのか、
向かいに座っている青い姫……レインはにやにやとした表情になる。
「あらあら、開口一番がそれなんて……
なかなか、進展具合は良好のようねー?」
「……何がだ。何の進展具合だ。
というか、質問の答えになってないぞ」
呆れ半分、不機嫌半分にそういうと、はいはいとあしらって、レインはすまして答えた。
「ファインはリオーネと『メラメラの国温泉めぐり』中よ。
私も行きたかったんだけど、案の定熱出しちゃって……
すぐ熱はひいたんだけど、1人じゃヒマでしょ?
だから冷やかしついでに来たの」
「……本当か」
「こんな時嘘いってどうするのよ」
間髪入れずにツッコム相手に、俺はとても、とても激しく……脱力した。
「それはまたなんつー……迷惑な」
あまりの脱力さ加減に、思わず言葉が乱暴になる。
しかし、相手は意に返した様子もなく、逆にまたあのにやにやとした顔になって俺の側に来た。
「うふふ。なーんて、そんなこと言っちゃってー。
実はファインが無事で安心したでしょ?
顔に出てるわよ?丸見えなんだから」
そうやってツンツンとつつかれる。
「ああもうなんなんだお前は!酒でも飲んでるのか?」
妙に絡んでくるレインの手を鬱陶しく払いのけ、そう叫ぶと、
彼女は失礼ね、と腰に手を当てていった。
「別にお酒なんて飲んでないわよ。
ただ、妹の恋路がどうなってるのか、
普段聞きたくて仕方ないことを吐かせようと思ってるだけ。
で、どうなの?告白した?両思いになった?デートは?
まさか婚や……」
「おいちょっと待て!!俺はお前が思っているようなことはまだ何一つしていない!!」
するとレインは驚いたように目を丸くし……
「そうか……やっぱり“まだ”ってことは、する気はあるのね……
ちょっとの言葉に本音がチラリ。さすがツンデレと名高い王子ね……」
と、なんか1人間違った解釈をして納得していた。
「……もう本当に何がしたいんだお前は……」
反駁する気もうせてソファにもたれかかると、
彼女はずいとこちらに顔を向けていった。
「だから、妹の恋路がどうなのか……
結果的に、貴方がファインのことどう思ってるか聞きたいだけ。
だって、何か二人でいること多いじゃない。最近。
ファインね、貴方のこと話す時だけ特別に幸せそうな顔するのよ。
じゃあ貴方はどうなのって、半身としては聞きたくなるわけなの
もう出会ってから何年も経つけど、貴方はファインのこと、どう思ってるの?」
ずずずいっと近づけられる顔は、なんだか異様な圧迫感をかもし出していて、
俺はソファに半分埋もれかける。
しかし、反対に真剣だということも伝わってきて、
無難なことを言ってもすぐ見破られるのだろうということがわかった。
出会ってから数年の月日が流れ、子供だったプリンスプリンセスたちは
みんな青年、そして大人へと成長している。
年月を重ねれば関係も変わってくるわけだが……
俺たちの関係も昔のまま、という訳ではない。
俺自身としても、赤い髪のプリンセスとの関係は少しずつ変わっているのは確かだった。
これは、しっかり答えておくべきことだろう。
そう思った俺は、レインを元の位置に座らせ、
自分も姿勢を正して真面目な話になるように形を整えた。
「俺は……別に、あいつのこと、嫌いという訳ではない」
「うん」
「大事にしたい、と思う」
「うんうん」
「でも、いまはそれだけだ」
「……は?」
激しく頷いていた彼女が、急に気が抜けたような声を出した。
目が点になっている。でも俺は構わず話をつづけた。
「……だから、今は、それだけだ。
それ以上……その……恋人になる……とか……
そういうのは、まだ考えてない。
……安易に決めるべきことではないと思うからな。立場上。
俺からは以上だ」
余裕をとって、最後をしめると、明らかに不満そうな顔をしたレインの目とぶつかった。
「何か質問があれば手をあげるように」
議会風に促すと、彼女はしゅびっと手をあげた。
「はい議長」
「なんだ」
「言いたいことは分かります。分かるわ。うん……
もう、子供ではないから、『そんなのおかしいわよ!』なんていいたいけどガマンする。
……確かに、貴方が言っていっていることは正しいし、それがベストだと思う。
だけど、ファインを大事に思ってるってこと、表にちゃんと出してほしいわ。
たまにね、貴方のことで、不安になるファインを見ることがあるの。
それを見てると、すごくすごく、居た堪れなくて……
あんな奴に嫁にやれないわ!って思っちゃうのよね。私が。
小姑増やしたくないでしょ?貴方も」
本気と書いてマジと読むとは誰がいったのか。
レインの声は明らかにマジだった。全てにおいて。
シェイドは冷や汗を感じつつも、それに関しては……と一呼吸おいて、
ちょっとはやる胸をおさえた。
「それに関しては…………誠心誠意をもって、善処したいと、思います」
「具体的には?」
「具体的には……」
そこで具体的にはとかいう質問がくるとは思っていなかった。
何も策が思い浮かんでいなかった俺は頭を抱えることになる。
数秒の沈黙、耐えかねたのはレインのほうだった。
「はーもう世話がやけるわね……
いい?じゃあ具体的な案を申し上げます。
今度、パーティの時、ファインの髪型をステキにアレンジするから、
その時、ちゃんと面と向かって褒めること。
分かった?照れて濁しちゃダメよ?
歯の浮くような台詞はガラじゃないから求めないけど、
ちゃんとファインの目の前で、心を込めて褒めること。
いい?分かった?返事はYESのみ。はい返事」
「……分かった……」
「返事はYESのみっていったのに……ま、いいわ。
んじゃこれで議会は終了。ちゃんと次回には成果をあげておくこと」
「……次回があるのか……?」
「そりゃもちろん。そうでもしないと、貴方マトモにしないでしょ。
みっちり追求するから、覚悟しておいてね」
「……なんだかどんどんお前には敵わなくなってきてるような気がする……」
はあっとため息をつくと、あら、敵うとでも思っていたの?と心底不思議そうな顔をされた。
「ほんとお前といると疲れるな……
だが、ほんのちょっと。月の国で見える一番遠い星が瞬くくらいには感謝してる。
……正直、どうすれば喜んでもらえるのかとか、そういうのは俺にはわからないからな。
あいつは分かるのかもしれないけど」
「あいつって?」
「ブライトだよ。……そういえば、人のことさんざ聞き倒しておきながら、
自分のことは一言も話さないんだな。
それで、おまえとあいつはどうなんだ?上手くいってるのか?
お前達も仲がいいのは明白なんだからな。
俺は真面目に答えたんだからお前も真面目に答えろよ」
反撃開始、とばかりにカマをかけてみる。
うろたえる相手の姿を想像していたのだが、
予想に反して、レインは凪のように落ち着いて、ただ静かに微笑んだ。
その微笑みがあまりにも大人びていて、思わず言葉をなくした。
「……そうね。私たちも仲がいいわよ。
ブライト様はとても優しいし、貴方と違って配慮に溢れてる。
……でも、恋人かと訊かれたら、答えはNOよ。
友達なの。私たちは」
「友達……?」
一つの単語の響きは、二人を表すのに的確ではないと思った。
二人は気づけばお互いの側にいて、傍から見れば完璧に恋人同士だし、
現に自分はもう二人はそういう関係だろうと勝手に把握していた。
……でも、違うのか。違って、いるのか。
顔に出さないようにはしているが、動揺したのが伝わったのだろう。
彼女は苦笑すると、もう冷め切って中身が半分以下になっているカップに口をつけた。
「……詳しく言うと、私はね。ブライト様のこと好きよ。
ファインと違ったところで一番大事よ。今でも、変わらないし、多分前以上に好きよ。
……だけど、ブライト様は私のこと、ただの『妹』みたいにしか思ってないの。
『妹みたいな友達』が一番相応しい表現かしらね。
……ただ、それだけの話よ」
そういってさめたお茶を一気にのみほした。
カタンとソーサーに置かれたカップの無機質な音が、やけに大きく響いた。
「……その……すまない」
別に謝る義理なんてこれっぽっちもないはずなのだが、
謝らなければならないような気持ちが意図せずしてそうさせた。
すると、彼女は笑って首を振った。
「別に、謝られるような覚えはないわ。
ただ、私がブライト様を好きで。ブライト様はそうじゃないっていう、よくある単純な片思いなの。
それにね。私が決めたことだから。
あの人が、私を好きになってくれなくても、私はあの人を好きでいたいの。
もちろん、両思いになれたら嬉しいけどね」
ふふと笑っている彼女の本心は靄に隠されたようにはっきりとしなかった。
何の変哲もない笑顔が、逆にそれを助長させた。
「……待ってるのか。あいつがお前に気づくのを」
自然と、口から言葉が零れ出た、流れ出た言の葉に、彼女はまた笑んで答えた。
「さあ……そうだともいえるし、そうでないともいえるわ。
ただ、これだけはいえる。
全部ひっくるめて、覚悟した上で、私はブライト様が好きなの。
それはどんなことがあっても変わらないわ。絶対」
軽く微笑む彼女の瞳には、これ以上ない強い光が宿っていた。
意志の強さを象徴したような、光だった。
「うわっと。こんな時間……
そろそろ夕食の支度の時間ね。帰らなきゃ」
彼女は急に向きを変えて時計を見ると、すぐに支度をはじめる。
「私ね。最近夕食の支度を手伝ってるの。
やっぱりプリンセスたるもの、まずは一家の食卓を制覇しないとね」
「……くれぐれも前みたいなゲテモノにならないように注意しろよ」
普段通りの会話のペースに、俺も普段どおりにもどす。
彼女は相変わらず失礼しちゃうわね!といいながら、ドアに手をかけた。
「あ、見送りはいいわよ。ミルキーに会って帰るから。
じゃあね。ちゃーんと、ファインを褒めることができるようになりなさいよー」
そういうと、返事を返す間もなく、彼女は足早に部屋から立ち去った。
「…………」
シェイドはすぐさま仕事に戻ろうと歩を進めかけるが……
立ち止まって、すとんと先ほどまでレインが座っていたソファに座った。
そこから、自分が座っていた場所を見つめる。
見つめた自分の席は、やけに遠く感じた。
同じもの、同じ距離を保っていても、相手に同じものが見えているとは限らない。
彼女はこの席から何を見ていたのだろうか。
今までの言動を思い返して再度見つめると、
光り輝く強さとともに、それに伴った脆さを見た気がした。
fin
and
To Be Continued……